剣道部と風に揺れる相思花
山ノ中にはなぜかこの剣道場、柔道場の間に他の所にはない『庭園』がある。
かなり手入れも行き届いている。
庭園入り口部分以外は植物に囲まれ、頭上には入母屋の屋根が陽射しを遮る。
それでも、残暑の日差しは遮りきれず、中は明るく、花の色が映える。
傍らの鹿威しからは時折“カンっ”という心地のよい音が響く。
ついさっきまでは窓から遠目で見ていた彼岸花―“相思花”が炎の如く咲いていた。
毒をもつ紅い華が。
大きく背伸びをし深呼吸をひとつ。西篠先輩は相変わらず怒っている。
アホッ位しか言っていないが。
スクバから本を取り出し、読み始める。本を読む場所としては最高だった。
ただ一つを除き。
西篠先輩の怒声(主にアホッ)を除いては最高だった。
でも本読んでいると耳が音をシャットダウンして本に集中できる。
少しの沈黙。栞を挟んだ部分から読み進めていく。
今読んでいるのは、アンドレ・ジッドの狭き門。
『力を尽して狭き門より入れ。滅びにいたる門は大きく、その路は広く、之より入る者おおし。生命にいたる門は狭く、その路は細く、之を見いだす者すくなし』
何度も読み返したこの部分。まだ未熟だと、つくづく思う。ほとんど意味が理解ができないのだった。
溜め息をつき本を閉じる。全く集中できなくなったからだ。怒声ではなく、背後からの視線。
「絵美先輩隠れるの下手すぎやしませんか?」
「え?いっ・・・。いつから気がついた?」
「向こうから歩いてきた時から。」
「そんなぁ。」
この人はどうやら集中しだすと現れる。人の集中を欠くのが好きなのだろうか。集中したいときは必ず現れ、そして邪魔をする。また一つ溜め息。
「どうしたの。」
「どっかの誰かさんのせいで読書の邪魔をされたなぁー。と思いまして。」
「えー。誰だろう。」
「うーん。確か、鋏が両手に付いた人だった気が。」
「ロブスターじゃないッ。」
「さぁっ。スポーツドリンク片付けよっと。」
「清尾ちゃんっ!?それは酷いってばッ。」
立ち上がり、窓を見て微笑む。
「何で笑ってんの。」
「さぁ。なんででしょうね。」
窓の中にはロブスターの真似をした男子が忍び笑いしていた。
その前は剣道着で柔道してました。はい
作品名:剣道部と風に揺れる相思花 作家名:成瀬 桜