この手に短編集
母を駅まで見送りに行った兄が戻って来たところで、残った家族揃って食卓を囲む。母の広島行きが決まってから、散々ごね、昨夜は泣き落とし、今朝は蒲団をかぶってストライキをしていた正も、ようやく諦めたのか黙々と箸を運んでいる。
いつもその手の方法で母を困らせ、ついには自分の思い通りにしてしまうこの双子の弟を、喜代子は苦々しく思っていたので、いい気味だ、と思った。
しかし、今回に限っては成功してくれることに淡い期待を抱いていたのも事実だ。
それが余計に腹立たしい。
「馬鹿ね、あんた」
喜代子の呟きに、正は箸を止める。
「お母様が一番大切なのは、わたしたちじゃないんだから」
「それは」
祖母が青くなって何かを言おうとするが、言葉が続かない。
「喜代子。理由はお父さんとお母さんに言われた通りだよ。ちゃんと納得しただろ」
兄が静かに言った。
納得はした。もっともな話だった。でも、他にもっと根源的な、大きな理由があるのだ。
いつも自分が一番愛されていると思っているおめでたい弟には考えもつかないだろうが。
母のことは好きなのに、母親の顔と違う部分を感じる時、喜代子は言いようのない抵抗感を抱いた。
「そうだ、いつも征夫や美津子だけずるい」
およそ喜代子の考えと違う方向の不満を漏らした弟を、喜代子は改めて、おめでたい、と思った。
正は昔から母に甘えるのが上手かった。
序列上は喜代子が姉だったが、同じ日に生まれた正とは、元来並列されて育ったはずだった。
しかし、喜代子が物心ついた時にはすでに、母にべったりな弟と、聞き分けよく退く姉という構図が出来上がっていた。姉のためらいなど意に介さず母に甘える正に、喜代子はよく嫉妬した。
そして、下の弟が生まれたときは、子供心に意地悪な感情を持ったのだ。これで正の天下ではなくなる、と。
しかし、弟の我を通すためのかんしゃくも、要領のよい甘え上手も、下に二人弟妹が出来ようと、大して変わらなかった。
正のそれは、末子であるが故の特権ではなく、生まれながらのものだった、と悟った。
それならば自分のそんな性格も生来のものなのだ、と喜代子は弟を見る度に実感させられる。
一番近しい兄弟のはずなのに、根本的に違う。だからこの双子の弟が、憎らしいのだ。
だから喜代子は今回のことも、泣いたりせずに黙って受け入れるつもりだった。
心の底で思っているその言葉を、言ってはいけないことも、知っていた。そして、喜代子の不満を押し隠しきれない仏頂面に、母も何も言わずにいてくれると思っていた。
喜代子が母をよく分かるように、母も喜代子を分かっている。
そんなことは、分かっていた。言われなくても。言われない方がいいのも、母は知っているはずだった。
「ごめんね。喜代子は私に似てしまったから……色々と、辛いわよね」
改めて、言葉にされたら、泣いてしまう。
喜代子は母の膝にすがって泣いた。別れが辛いというよりも、心のわだかまりを押し流すかのように、涙が溢れて止まらなかった。