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この手に短編集

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喜代子と正




 何度呼ばれても、絶対に返事をしない、と決めていた。
 どんなになだめられても、自分の希望が通るまでは、顔を上げない。

 そうやって意地を張り、今まで何度もわがままを通してきた正は、この日も当然のようにいつもの手段を取った。
 すっぽりかぶった蒲団越しに、母が呼ぶ声が聞こえる。
 困り果てた声、謝罪の言葉、しかしついに、欲しい言葉はかけられなかった。
「じゃあ、もう行きますね。……ごめんなさい。体に気をつけてね」

 ……どうして。

 布団の中で、声にならない叫びを上げる。
 母が立つ音、階下に降りる音、……外へ出る音を、絶望的な思いで聞く。

 こんなことなら、意地を張らなければよかったと思っても、後の祭り。
 母は行ってしまった。自分を置いて。最後に一目顔を見ることもなく。
 聞きわけのない息子のために意志を翻すこともなく。
 絶望感と敗北感いっぱいで、蒲団の中で泣いた。

 しかし、どんなに失意の底にあろうとも、空腹は感じるもので、昼近くになると、ふて寝をしているのに限界を感じ、階下に降りる。
 喜代子が、祖母を手伝い昼食の用意をしていた。
 並び始めた膳の前に、当然のように座る。喜代子が呆れた顔で文句を言った。
 姉の小言を流すのは慣れているため気にも留めなかったが、彼女の目が赤いのには気づいてしまった。

 へえ、泣いたのか。

 そう思うと、少し、この双子の姉に共感を覚えた。

作品名:この手に短編集 作家名:くりはら