この手に短編集
痛みやつらさ、そういう弱い部分を、決して人に悟られないように、強く。
その第一歩として、足に怪我をしていない時のように、思い切り歩いてみた。とても痛くて、辛かったが、それでも続けていると、ふと気がついた。ビクビクして足を下ろす時よりも、思い切って下ろしてしまった方が、痛くない。
大尉の言わんとすることが分かった気がして、嬉しくなる。大尉の熱意に応えたくて、板垣は一生懸命、歩いた。
大尉はこの旅行の最後まで、足のまめの素振りなど微塵も見せず、歩ききった。
仙台に戻り、帰宅した大尉の足は、奥さんが仰天するほど酷いまめだらけだった、という話を、何年も後になってから聞いた。
板垣は、あの時に大尉を真剣に尊敬するようになった、とは何となく言い出せず、胸の奥にしまっておいた。
今も、その敬慕の念は已むことはない。
自分は、大越大尉に少しでも近づけただろうか。
最後まで、彼のように強くいられるだろうか。
そう思いながら見上げた天井に区切られた小さな空には、細い月が浮かんでいた。