鴉2 「貴方の絶対の見方S×M」
外しテーブルの上に置く。箸立てから割り箸を二膳掴むと、
目の前に座る派手な男に渡す。
「横断歩道の向こうに居た中年の男が副社長?」
パチン
箸を同時に割ると、男達は麺を口に運ぶ。
数分前に現れた蜂と共に昼食を取る事にしたのだが、
どこに行ってもこの男と共に行動するのはあまり好きではない。
休憩時間のサラリーマンが殆どこの店の中、
黒にキラキラのラインが入ったスーツに、盛った髪の毛、
ジャラジャラのアクセサリーで飾った派手な男・・・目立つ。もの凄く目立つ。
煙草と油臭い中に一人ほんのりと色気を纏った香り。
その割りに常連のようなトッピングの品。
この男といると周りの視線を自然に集める。
それが嫌で仕方ないのだが、最近はそれにも慣れてきてしまった。
出会ってから3、4年程は経つのだから当たり前か・・・
であった頃と比べてこの男も変わった気がする。
自分も変わったのだろうか?
ズッーズッー
「あぁ、副社長の福田だ。調べてきたが確かに暴力団とのつながりはあるみたいだな。」
蠍は一口食べたラーメンに胡椒を振り掛ける。
ここのラーメンは少々スパイスが足りない。
それこそ、目の前に男のトッピングを咎めることなど出来ないほどに。
「ふーん、どこ情報?」
「情報屋。」
それだけ淡々と済ますと、二人は食べることに集中することにした。
ずうーずうーと麺を啜る音だけが二人の間に流れる
後から入ってきた中年男が生ビールを注文する声が聞こえると
羨ましくも思うが、今日は二人とも車だ。
一日のご褒美はまだまだお預けである。
どんぶりにスープの一滴も残さないで平らげると支払いを済まして二人は店を後にした。
「そういえば、被害者の女の子とアポ取れたけど行く?」
「何でソレを早く言わない。」
あはは~とさほど気にもしていないくせに適当に蜂は謝ると
近くのパーキングに止めた愛車まで歩き出した。
蜂の黄色と黒のリンカーン。その隣に蠍の黒いベンツ。
どっちで行こうか?と問う蜂に答えを言わぬまま蠍は自分の車の鍵を開け乗り込む。
ヤレヤレと蠍に聞こえぬようにつぶやくと蜂は助手席のドアを開けた。
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頭の辺りがほんのりと暑い。
ふわふわとした意識が徐々に覚醒へ向かっていくと、壁に掛けられている時計が目に入った。
12時45分。
目だけで部屋の周りを見渡すが、探している人間の姿はないようだ。
あたりまえか、だってこんな時間だし。
頭の暖かさはどうやら日差しが当たっているかららしい。
今日は凄く良く晴れているのだろう。
ベットの中で横になっていても、なんとなく外の様子は伺えた。
こんな良い天気なんだから、もう少し寝よう。
暖かな陽気に包まれながらベットに横たわる少年、ローズは
再度目を瞑って意識を夢の中に落とそうとしていた。
例え天気が良かろうが、悪かろうが、この少年は人の倍は寝るのだから
しっかりと目が覚めるのはどうやらまだまだ後のようだ。
しかし、そんなローズの眠りを妨げる音が家に響く。
ピーンポーン
聞こえてはいるがその音に耳を塞ぎ布団の中に顔を潜らせる。
きっと書斎で仕事をしている蠍が出てくれるだろう。
そう思うのだが、なかなかインターホンの音は鳴り止まない。
ピーンポーン、ピーポーン
不機嫌な声を漏らしながら布団から飛び出すとローズは
玄関までダンダンと足音を怒らせながら向かう。
ドアをあける前に足元を見るが蠍立ちの靴が見当たらない。
車の鍵もないことから出かけたことが分かる。
無闇にドアを開けるな・・・
ドアを開けようとして蠍の言葉を思い出した。
人の言葉など右から左へと通り抜けて忘れてしまうローズだが、
あれほど口うるさく言われば流石に覚えていたようだ。
否、覚えていたのか、たまたま思い出したのかはローズにも分からない。
ドアスコープを覗いて姿を確認すると大きな荷物が見える、どうやら宅配便らしい。
チェーンは掛けたままドアを少しだけあけ、用をたずねる。
「はーい。どちらさまでしょうかぁ?」
「えーと、山田さんにお届けものです。」
一瞬聞きなれない名前に首を傾げるが、蠍が決めた偽名という
事を思い出し、ローズは荷物を受け取りサインを済ませる。
ガチャン!
大きな音を立てて閉まったドアを背にローズは両手一杯程の大きさの
ダンボールを抱えて寝室に飛び込む。
荷物と一緒に体ごとベットにダイブすると少し爪を立ててガムテープに亀裂を作る。
亀裂の中に指をいれ、勢い良くダンボールを開いた。始めに新聞紙が見える。
歪な形のものを包んでいるそれを破くようにはがしていくと、中からフワフワとした
茶色い毛が手に触れる。ダンボールの中からそれを取り出す。
すると、箱の中から出てきたのは少し大きめの熊のぬいぐるみ。
「わぁーお!熊さんだ!!」
愛くるしい瞳をしたぬいぐるみをつぶれるくらいに強く抱きしめてローズはベットに転がる。
何故だがそのぬいぐるみからは懐かしい匂いがする。
その匂いを何処で嗅いだかは思い出せないが、心地がいい。
グチャグチャにした新聞紙やダンボールを足で器用にベットの下に落とすと、芋虫のように布団の中に潜っていく。
蠍たちドコいったんだろ?早く帰ってこないかな・・・
熊のぬいぐるみを抱えたまま、再度ローズは夢のなかへ旅立つ。
少年が次に目を覚ました時には、書斎からカタカタと
キーボードを打つ音が聞こえていた。
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―ラブ・エデンー
ギラギラと騒がしいネオン街を歩く二人の男。
どちらも整った綺麗な顔立ちとモデルのようなスタイルの良さは
風俗店が立ち並ぶこの通りには似合わない。
昼食を済ませた足で二人は目的地へと向かっていた。
蜂がアポを取ったという被害者の女性はここ、ラブ・エデンと言う風俗店で働いているらしい。
まだ、昼過ぎだと言うのに店の看板には明かりがついていた。
アポが取れた事以外、詳しいことは何も聞かされていない蠍は
先に店に入る蜂の後を追うように入店する。
来る前からあまり気乗りはしていなかったが正直こういった場所に入るのは気が引ける。
だいたい、何で店で会う約束をしたんだ・・・
「お客さん見ない顔だね。いらっしゃい、どの子にする?」
鼻の下が伸びきった厭らしい笑みを浮かべる店員が馴れ馴れしく話しかけてくる。
店員はカタログを開いて見せると、誰がお勧めだの一番人気だの、聞いてもいないのにベラベラと説明をする。
店員との交渉は蜂に任せることにして蠍は店内を軽く見渡していた。
蠍達の後からも数人客が入ってくるが、皆受け付けもせずに店の奥に入っていく。
その誰もが黒いスーツの下は派手な柄物のシャツで、人目で職種が分かる。
なるほど、ヤクザが経営してるのか。
「蠍、行くよ。」
店内を見渡している間に受付を済ませた蜂に呼ばれ蠍は無言で後を着いていく。
その際に店員の男の視線がやけに湿っていた事が気になったが、
作品名:鴉2 「貴方の絶対の見方S×M」 作家名:楽吉