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ひとりぼっちの魔術師 *蒼の奇跡*

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五.探し求める、小さな旅。



-知識を求めて東へ西へ。
未来を求めずに、ただ過去だけが波のように押し寄せるんだ。-


「もっと右だよ。そこじゃないよっ」
怒る若い声が僕をしかる。
言われたとおり、僕は右へ移動して。
僕の背の何倍もある本の山から、君の求めるものを探し出そうと。
必死になっていた。

「違う違うっ。もっと左っ」

君のせかす声。
何もそんなに急がなくても、と思う言葉を飲み込みながら。
僕は君の指示に従う。

手にとってものを、君に届けてちょっと君の機嫌を伺ってみる。
そんな時はうつむきつつ、目線を上へ。

難しい顔をしながら、君は君の手の何倍もある大きさの本を開き。
一枚一枚真剣なまなざしで目を通す。
紙の音が、審判を待つ人々の足音みたいだった。

「これでいいよ」

君の温度のある声で、僕は顔を上げる。
そこには君の微笑があった。
僕もつられて、微笑み返す。
休憩にしよう、と君が立ち上がって、梯子を降りていく。
僕は、君よりもずっと早く下に降りて、君とのお茶の時間を作り出す。

真っ暗な空間に、小さな外からの光。
埃が舞うのが見える。
そんなのもお構いなしに、僕と君は、紅茶で一服をしていた。
君の一杯目は、必ずストレート。
何時もそうだった。
二杯目と三杯目は、砂糖を少々。
最後の四杯目は、ミルクを入れて。
何時も同じだから、僕はもうとっくに記憶していた。
砂糖の量だって、分かる。
怒っている時は、少なく。
にこやかな時は、ちょっと多めに。
君のことなら、僕は何だって知っている。

でも。
今日の君は、何時もと違った。
普通は四杯目で、よいしょ、と腰を年寄りみたいな掛け声で上げて。
もう一仕事へ向かう。
だけれど、今日の君は、五杯目の紅茶を僕にねだった。
五杯目の君が欲しい紅茶が、分からない。
とりあえず、ストレートに戻して渡す。
君はにっこり笑いながら、ありがとう、と短く御礼を口にして口元へ。

静かな時間。
僕と君が出会ってどれくらいの時間が経過したのか。
暗闇の光が何度途切れたか、覚えていない。
外の天候さえも、知らない。
流れきった季節も、分からない。
ここへ来てやっていた事は、君の求めるがままに本を見つけ出し。
君と共に本を読み、過ごす。
ただ、それだけ。

静かな時間。
君の手が綺麗に本のページをめくっていく。
紙の音だけが、耳に届く。
後は、君の吐息。
それだけ。

ふと君が視線を上げて、僕にこんな事を聞く。

「君は、僕に付き合ってこんな事をしてくれているけれど。君は何を求めているの?」

意味が分からず、返答に戸惑う。
-何を求めている?-
僕も知らない。
創られた理由でさえも、分からない、と言うのに。

困っている事を君は感じ取って、ごめんごめん、と苦笑交じりで謝る。
(謝る必要なんてないのに…。)
僕がそう小さく呟く。
拗ねている口調、君は又それを楽しそうに見つめる。

悔しくなったので僕は君を虐める質問を出した。

「じゃぁ、君は何を求めているの?過去の本ばかり読んで」

君の先程の楽しそうな光が、消える。
手元にある大きな本。
君が今まで読んでいた本は、全部過去の本。
それまでの「歴史」。
この世界の「歴史」。
遡った「過去の時間」。

沈黙が埋め尽くす。

「ここから出て、外でその知識を使うなら未来の為。でも君はずっとここにいる。過去の世界の中で、骨を埋めるの?」

君の嫌な部分を掘り返すような言葉を僕の口が突く。
視線は、本に落ち。
君の手は、震えていた。

僕の次の言葉を待たずに、言葉を綴った。

「そうだよ。過去に骨を埋めるんだ。僕にはもう、未来はいらない。君のように」
「僕のように?」

そうだよ、と言って君は腰を椅子から離す。
本を手にして、君は言葉を更に続けた。

「ここにある過去は、誰かが書いたものだ。でも、それは真実じゃない。そこにいた「誰か」も、本当に別の視点から書いたわけじゃないんだ。「自分」の視点で書いたものだから」
「…別の、視点?」

君は、丸い円の中に歩み進む。
床には幾何学模様が刻み込まれている。
沢山のものに埋め尽くされている。
多分。
爺さんの部屋にも、これと似たようなものがあった。
そんな記憶が頭の片隅に残っている。
僕も、君の後ろにくっついて、円の中へ足を入れる。
本を持った逆の手で、円の中で手をかざす。
青白い光が、発生して僕たちの顔をしたから照らす。

「世界に伝えられた過去は、「誰かの視点」で書かれたもの。「誰かの感情」が入ったもの。真実は、それぞれが感じ取り、事実として残す」
「じゃぁ、本当の「真実」とやらは何処にあるの?」

照らす光が強くなる。
僕はまぶしくて目を少し細める。

「僕たちには、心と言う装置がある。感情と言う、動く波がある。 それなしに、生命は流れ続けない。過去は、多くの生命の「思い」で創られ、綴られる」

光は増す。
青白さから、真っ白への転換。

「過去は、嘘つきだ。それが普通であり、歴史として認識される。 心のない時間の流れ。否。そこにあるのは、「誰かの心によって書かれた過去」。当然と誰かが脳に刻んだ、「誰かの思い」。だから、時間に「未来」なんてないんだよ。僕は、「彼ら」の。彼らの思いの一欠片も理解していない。全ての思いを吸収するまでは。歩き出せない」 

断定。
決め付け。
君らしい、言葉。

「難しいね。…というより、屁理屈だ」

僕は、一つの真実にたどり着く。
それを、伝えたい衝動に駆られた。

-君は、未来が怖いんだよ。-

声が部屋中に響く。
真実として、発した僕の思い。

一瞬目を丸くしながらも、又、何時もの僕の知る君の瞳になる。
「それが君のたどり着く真実だね。…そうだね、そういう表現もある」

光は収まり、部屋は何時も通りの光で埋め尽くされていた。
君が持っていたはずの本は、君の手には残っていなかった。

高い高い天井へ君は、視線を向ける。

「過去も知らずに。その「事実」とされている事だけを受け止めて。 学ぶ事なんてあるの?学んでいたら、過去から見た「未来」とやらには。争い、奪い合い、殺し合い。憎しみ、悲しみ。そんなものは、存在していないはずだよ」

君の頬を、一筋の水が流れる。

「誰かの「心」で流されきったものが、普通だから。その一面しか知らないから。学ばないんだよ」

語気が強くなる。
ここまで感情的になる君は、初めて見た。
握り締める拳に、力が入っているのが分かる。
肩が震えている。

僕は静かに近づき。
君の背中に両手を回す。
君の心臓の音。
心の音。
魂の音。
僕の中に流れてくる。
-心地よい。-

ぎゅっと腕の力を強めながら、僕は君の耳に囁く。

「でも。その過去も、君の「心」によって描かれるんだよ。誰かの「心」に反応して。君が誰かに告げるんだよ。こうやって、僕にも」

君の求める答えじゃない事は、充分知っている。
それでも、囁かずにはいられない。
僕の導き出す「過去」の道。
君が知っているであろう、真実への道。

僕にある心。
僕の中に眠る心。
爺さんから与えられた、「誰かの語った」過去。
僕の見てきた世界の破片。

君ある心。
君の中で目覚めを待つ心。