ひとりぼっちの魔術師 *蒼の奇跡*
三.伝え逝く、おもいの彼方。
-人生とは、道を歩く事。
そして走る事、なのだそうだ。
僕は、今何をしているんだろう。-
君の終わりを知ったのは、出会ってから一ヶ月位してからだった。
周囲の人たちが口々に言う。
「もう、長くないんですって」
ながくない。
それはどう言う事なのか、分からないので何でも知っているとされている君に聞いた。
すると君は優しく微笑んで、それはね、と教えてくれた。
長くない。
それは、大切な人たちを置いて逝ってしまう事。
相手がどう思っていようと関係なく。
本当に何も思わずにここを去ることはない。
君の言葉の意味が分からなかった。
何故なら僕は、長くないかどうか、分からなかったからだ。
きょとんとした表情を浮かべていると、君が質問をしてくる。
「誰かとお別れしたことはあるかい?」
お別れ。
それはある。
頭の中に残っている。
体の中にも。
ずっと前に感じた硬い水も。
爺さんの呪いの言葉も。
振っていた手がなくなる瞬間も。
硬そうな服を着ていた影たちを薙ぎ払った事も。
その他見てきた、倒れ行く影たちの事も。
多分、君の言うお別れなんだろう。
「あるよ」
それを聞いて君はにこりと微笑み、それはよかった、と意味不明な返事をする。
その3日後。
君の声が増える事はなかった。
君の瞼が又開く事はなかった。
人々の涙によって、君は部屋から送り出される。
開けた所。
薄曇の空の下。
かかる水の音。
投げ込まれる赤。
その色がやけに鮮やかで。
僕の頬を、ぬるいものが一瞬落ちる。
暑さで目が乾いて瞳が水分を求めたのだろう。
今日が終わる頃に、僕は君の部屋へ何時ものように足を運んだ。
君の姿がない君の部屋は。
がらんとしていて、居心地が悪かった。
苦しそうな顔一つせず、机に向かい何かを書いていた君。
それは、社会を豊かにする為の研究、だと周囲の人々が言っていた。
ぐるりと見て回る。
目に飛び込んできたのは、主を失った本棚。
改めて覗いてみると、一枚ひょこりと顔を出した紙が見えた。
徐に手にとって読んでみる。
そこに書かれていたものは、君の言っていた、
「何も思わず去ることはない」
と言う事を意味していた。
君の残したいと思った事が、胸に流れ込んでくる。
文字一つ一つから。
その紙で、僕は紙飛行機を作る。
爺さんから作り方を教えてもらっていた。
唯一、爺さんが僕のやった事で誉めてくれた事だった。
風を起こし、その紙飛行機を静かに乗せ、飛ばす。
どこまでも、遠く。
遠く。
叶わない夢も。
叶わない願いも。
今日見えたあの空の色の中へ。
静かに溶け込んでゆくように。
ここに置き忘れた最後の思いを。
今日見た、天に上り逝く君と一緒にいられるように。
今まで起こした風の中で、最も柔らかな風で。
紙飛行機を遠くまで、飛ばした。
ここにいたって、それは役に立たないよ。
この思いは、君と共にあるから、存在する意味があるんだ。
だから、君に早く追いつくと良いね…。
作品名:ひとりぼっちの魔術師 *蒼の奇跡* 作家名:くぼくろ