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樹屑 佳織
樹屑 佳織
novelistID. 27960
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ほしくずと糸紡ぐまち1

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「先週依頼されたやつだっけ。やすりがけ、朝からずっとやってたの?」
「まあね。あとは今日の閉店後に色塗りしたら終わりだよ。」
「そっか。じゃ、そろそろ店開けるからシャワー浴びておいで。」
浅海は流しの蛇口をひねり、手を洗い始めた。
食べ物を出す店なら石鹸を使いブラシで丁寧に爪の間まで、が浅海のこだわりだった。
彼女はというと、手を休め、作業場の暖簾から顔を出した。

「そんなに汚いかなあ?ちゃんと昨日もお風呂はいったんだよ?」
「木くず、顔にびっしりついてるよ。」
「…はあい。」

彼女は葵。
店から歩いて十五分のところにある美術大の二年生で、高校生のころからこの店を手伝っている。
木工や金工を得意としており、店内の椅子やカウンターは彼女の設計によるものである。
カウンターと二人掛けのテーブルが2つだけの小さな店だったが、
その中に溶け込む椅子や棚、カウンターには葵の温かな人柄が感じられた。

浅海は店内のカウンターで一息つくと、早速今日一番の仕込みに取り掛かった。
冷蔵庫からパンと野菜、チーズと卵を取り出し、カウンターに並べる。
今日のランチはつくり置きの「こだわりカレー」と浅海が育てた野菜を一部使った「夏野菜のパスタ」、持ち帰り用のランチボックスはサンドウィッチ。
持ち帰りのサンドウィッチの具材は火を通すため、レタスではなくキャベツを使う。
ざく切りにしたキャベツに塩をすこし振って蒸し焼きにし、その横でマヨネーズベースのソースを作る。
蒸しあがったらざるにあけ、今度はフライパンで目玉焼きを作り、ベーコンをトースターに入れる。
そして、ランチの付け合わせのミニサラダを作り始めた頃、ゆでたての葵がエプロンをつけて戻ってきた。

「おー、やっぱり浅海ちゃんは手際いいねー。」
「そりゃどうも。さっぱりしたところ悪いけど、店の前掃除して、開けてもらえる?」
「はーい。」

葵は玄関脇の木製ロッカーから掃除用具を取り出し、開店準備を始めた。
その間にも浅海の仕込みは続く。
用意されたパンのうちいくつかはチーズを乗せ、オーブンで焼き目をつける。
焼きあがったパンのうちいくつかは耳を切る。
そして水気を切ったキャベツと特製ソース、ベーコンと目玉焼きをサンドし、
半分に切ってランチボックスにつめ、隙間には昨日の夜作ったクラッカー入りチーズボールとミニトマトを入れた。

「だからさあ、やっぱりモーニングやろうよ。」
「やだよ、早起きしなきゃなんないじゃん。」
そう言いながら、浅海は米をとぎ、作り置きのカレーを温め始めた。
「浅海ちゃんのサンドウィッチ、絶対モーニング向きだと思うんだけど…
 あーあ、せめて美津子さんがもっと元気ならなぁ。」
「そういえば、美津子さんは?」
「まだ病院だよ。腰に電気かけるから遅くなるってさ。」
「そっか…他は元気そのものなのにね。」
「ほんと、元気すぎるくらい元気なんだけどね…あ、
 そういや美津子さんのストール、店に出しとけって言われてたんだった。」

葵は開店準備もそこそこに店の2階、店主・美津子さんの住居まで上がっていった。

「まったく…」

一番の仕込みを済ませた浅海は、炊飯器のスイッチを入れランチボックスのふたを閉じてから、
カウンターとテーブルを拭き、別の布巾で椅子と棚を拭いて店内を整えた。

「あったあった。浅海ちゃん、ついでにパラソルも持って来たよ。」
「ありがと。じゃ、そろそろランチ始めますか。」

浅海は玄関を開け放ち、作業場からテーブルを持ってきて駐車スペースに置いた。
そこにパラソルを設置し、入口脇の表示を“open”にすると、テーブルに先ほどのサンドウィッチを並べた。

「じゃ、いつも通りにあとよろしくね。」
「はーい。」
そして浅海は葵に玄関およびレジを任せ、本命の夏野菜パスタに取り掛かった。


***


「い~い、匂いだなあ…」
私は思わず声に出して言ってしまった。
「そうねぇ。」
「あ、いや、その、あはは…。えっと、日替わりランチボックス1個で450円になります。」

は、恥ずかしい…。
相槌を打ってくれたのはうちの美大の事務さんである。
こないだの春の職場訪問の時にお世話になって以来、時々ランチを買いに来てくれるやさしい人だ。
「今日は“シェフ”さん?」
「はい、そうです。“マダム”さんが病院に行く日なので。」
それを聞いて事務さんは、ちょっと不安になったようだ。
「どこか悪いの?」
「あ、いえ。70越えると病気じゃなくても行かなきゃならないんだって言ってました。」
「そうなの…ひとごとじゃないけど、大変ねぇ。」
事務さんはほっとしたようなしないような、そんな表情でおつりを受け取った。
「そんな、おばちゃんみたいなこと言わないで下さいよ。」
「葵ちゃんに比べればおばちゃんだもの。じゃ、またね。」
そう言うと、事務さんは自転車のカゴに財布とランチボックスを入れ、大学の方に帰って行った。

この時間は、浅海ちゃんいわく「稼ぎ時」なんだそうだ。
うちの大学から歩いて15分くらいのところにあるこの店には、お昼休みになると学生や教授たちが時々訪れる。
ランチを食べ、次の授業までの間お茶をする。もしくは日替わりランチボックスを買っていく。
近くにランチを提供する店が少ないプチ田舎というだけあって、そこそこ繁盛していたのだ。
だから、昼は一人で十分と美津子さんは反対したけれど、この時間に私がシフトに入っていることは必然なのだった。
よって、看板娘は今日も頑張るわけである。証明おわり。

「ありがとうございます、またどうぞ!」
「ありがとうございます、ランチボックスチーズ抜きで420円になります。」
「またどうぞー!」
「いらっしゃいませー。あ、中ですか?あいてますよ、どうぞ。」
「いらっしゃいませ。」

お客さんを浅海ちゃんに任せるついでに、店内の時計を見上げるともう1時だった。
大学の昼休みは12時から1時まで。
午後イチの授業ではないから急ぐ必要はないけど、
そろそろ学校に行く準備を始めようかなと思って私は通りを見回す。
案の定人通りが減っていた。

「浅海ちゃん、あとちょっとしたらあがるねー。」
「了解。パラソルしまってカウンターにお弁当出しといて。」
ランチボックスだって、と軽くツッコミを入れて私は片づけをはじめる。
パラソルをきれいにたたんでいると、通称“マダム”の美津子さんが帰ってきた。
品の良い日傘をさし、いつも通り“おばあちゃん”と“おばさま”の中間点のような服装をしている。
これこそがあだ名をマダムとした理由だった。

「どうも、葵ちゃん。何時もありがとうね。」
「お仕事ですから。今日はずいぶん病院長かったんじゃない?」
「そうなのよ、込んでて困っちゃった。もう1時だけど、これから授業間に合う?」
「大丈夫です、今日の午後は14時…半過ぎからなんで。」
あぶないあぶない。ちゃんと時間を細かく言わないと、14時であがらなきゃなくなるんだから。
過保護なマダムを前に、私はこっそり冷や汗をかいた。

「そう、じゃくれぐれも遅れないようにね。今夜また泊まるの?」
「うん。例のやつ、まだ塗装が済んでないから。」