ゴミ箱のスレイプニル
問いかける
「あなたは、どうして破棄したのですか」
こちらを真っ直ぐに見つめた女の子が問いかける。
「できれば、今すぐにでもスレイプニルの体を返して欲しいのです」
質問に答えられない僕をさらに混乱に陥れる、理解不能な言葉を投げる。
「あんなに上手に造っていたのに、どうしてそんなに残酷なことをしたのですか」
女の子は僕に一方的に問いかけ、返事を待つ。
僕は質問の意味すら分からない。
「言語はあっていますか、この国の言語を使用しているつもりです」
今度の質問には答えられる、僕は頷いた。
「これはあなたがやったのですね」
女の子はスレイプニルの白い毛に覆われた胴体の下に手を入れ、毛を掻き分ける。
そっと大事なものを運ぶ手つきで、太くて丸く短い動物の一部を持ち上げた。
白い毛に覆われた丸太は、胴体に繋がる根元近くで丸太のような断面を露にしていた。
「八の足をもつ空駆ける軍馬、その姿は雄雄しく世界を一日で跨ぐ最高のもの」
さらにスレイプニルの胴体の毛を持ち上げる、胴体の下にある不気味な断面は八つあった。
「あなたは人間ですが、私たちを呼びました。複雑な唱文と文様、そして道が開ける時期と言語と場所を合致させて」
一体、女の子は何を言い出すのだろう。
僕はここから一刻でも早く、今すぐにでも逃げ出すべきではないのか。
女の子とスレイプニルから怖さや悪意を感じない、だから行動を起こすのが遅れた。
汚れた場所、汚水が集まる下水道の中でさえ、静謐な雰囲気を纏っているからだ。
限りなく薄い硝子の芸術品が飾ってあるように、うかつに触れたり壊したりしてはいけないものだ。
だが逆に、異常で不気味な光景だともとれる。
形容できない美しさがそこから生まれていた、それに見惚れてしまった。
「あの、聞いていますか」
僕は聞いていると何度も首を前に傾ける。
「スレイプニルが跳べなくなりました。次の朝日が昇るまでに治さなければ、私は次のスタンザに移動できず消滅してしまいます。私が消滅すれば導きを失ったスレイプニルは暴走します」
女の子の説明で幾つか理解できない箇所があったが、大体の流れは推測できた。
それが僕とどう関係があるのだろうか。
じっと僕を見つめる女の子の瞳が何度か瞬きし、悲しそうに睫を伏せた。
「結果は偶然かもしれません、ですが、あなたはスレイプニルを捉え破棄したのです」
僕は驚いて何から問い返していいのか、口を開けかけたまま、思考が混乱して固まっていた。
作品名:ゴミ箱のスレイプニル 作家名:夕雲 橙