「山」 にまつわる小品集 その弐
翌日ホテルに荷物を置いて、身の回り品と着替えを詰めた小型ザックを私が背負い、徳沢に向かった。
徳澤園。
美也子と初めて出会った場所である。
山仲間三人と徳沢キャンプ場にテントを張り、前穂高岳の北尾根から前穂・奥穂・西穂経由で上高地に下るという継続登攀をし、徳沢のテントに戻ると、テント内の食料は消えていた。タヌキの仕業らしい。
仕方なく徳澤園に頼み込んで、食事を用意してもらったのである。
そこで美也子は、夏休みを利用してバイトをしていた。
お盆のように丸く平べったい顔は陽によく焼け、それを気にするでもなく、山の話になると夢中になってくる彼女の生き生きとした目の輝きに、魅せられてしまった。
翌年、ふたりで屏風岩を登攀しピークに立った時、プロポーズをした。
遠くに見えた富士山に、誓った。
不幸にはしないから、と。
作品名:「山」 にまつわる小品集 その弐 作家名:健忘真実