「山」 にまつわる小品集 その弐
蒼天 『エベレストは昔海だった』その後 (純文学)
河童橋の中央に立ちて、やまなみを眺める。
右から明神岳、前穂高岳、奥穂高岳、そして左手には西穂高岳が連なって見える。
山の斜面にあるナナカマドは紅く、カラマツは黄金色に色づき始めていた、10月。
私と美也子は昨夜、新宿駅西口を11時に発する夜行バスに乗り、今朝6時過ぎに上高地に到着した。
平日であるにもかかわらず、上高地バスターミナル付近には登山者の姿がちらほらとみられ、彼らは荷物をまとめるとさっさと歩き始めた。
後に残された観光客は、同年代の夫婦者たちがほとんどである。
五千尺ホテルに荷物を預けて表に出ると、朝日を受けたやまなみの紅黄葉は、明るくきらめきたっていた。
ホテル前の河童橋を渡り、梓川沿いの遊歩道を大正池に向かって、ふたり並びゆっくりと歩いた。
時折白い噴煙を上げる焼岳は、正面に大きく構えて居座っている。
樹林の中を入ったり出たり、小一時間で大正池に出た。
立ち枯れの木が点在する水面は、山の姿を映し出していた。
作品名:「山」 にまつわる小品集 その弐 作家名:健忘真実