「山」 にまつわる小品集 その弐
山小屋のドアをドンドンドンと叩く者がいた。
プルシーコフはドアを開け、男を招じ入れた。
外はすでに暗く、吹雪いている。
「いやあまいったよ。急に天気が変わってね。今晩泊まれるだろうか」
男は冬山登山の装備に身を包んでいる。
「今日中にあちら側に下るつもりだったんだが、この吹雪じゃあねぇ」
プルシーコフは顎をしゃくってテーブルを指し示した。
男は装備を解いて、ストーブの近くにイスを寄せて坐った。
「2・3日前、女がひとり来なかったかい」
プルシーコフは首を横に振った。いい匂いが漂っている。
「ああ、いい匂いだ。すまないがご馳走してくれないか。俺はイワン・シャスコビッチ。女を追っているんだ。秘密情報を持ち出されてね、責任問題だ。誰にも告げずに追いかけてきた」
イワンの口は、ストーブの暖かさも手伝って滑らかになっていた。言わずもがな、と思ったが、無口な男が相手だと思うと、胸のうちをさらけ出したくなったのである。
プルシーコフは、黙ってスープをテーブルに置いた。
「おっ、すごい、肉がたっぷりだ。こりゃ精が付くよ。クマの肉かい」
うまい、うまいと舌鼓を打ちならし、お代わりを要求した。
明朝明るくなったら勝手に起きて出て行くからと、いくばくかのお金をテーブルに置き、用意された小部屋のベッドに入った。
なぜか、妻であったヨナのことが思い出されて、眠れずにいた。
ヘッドランプで足元を照らし、靴を履こうと足を床に下ろすと、なにかを踏んだようである。
拾い上げてよく見た。宝石? ヨナにプレゼントしたネックレスに付いていたサファイアと同じ種類のものだ。
なぜこれがここに落ちているのだろう、男に聞いてみようと部屋を出ると男の姿はなく、どこかから不気味な音が聞こえてくる。
靴を脱いで音のする方向へそっと行くと、キッチンの床板が開いており下へ降りる階段があった。
階段を下りた。奥から光が漏れている。シャー、シャーという音がする。
ドアをそっと押し、中を覗くと・・・
大きく開けた口から大声を出しそうになるのをやっとこらえて、見開いた眼が捉えたものは・・・ヨナの頭部。そして大刀を研いでいる男の後ろ姿。
自分の心臓の音が聞こえ、気が動転しかけたがそこは訓練された将校である。
震える足で音をたてないように取ってかえし、身支度を整えて小屋を出ようとしたが、風はまだ強く吹いており、ドアを開けた時に風がドアを大きくあおった。
バタン!
シマッタ!
吹雪の中、イワンは前傾姿勢で頭を垂れ、足をもつれさせながらも頂上に向かって、雪を踏みしめて歩いた。風が強いために雪は飛ばされて、くるぶしあたりにしか積もっていない。
明かりはともすわけにいかないが、目が暗闇に慣れてきた。
男が追ってくるのを懸念して、しばらく進むと足跡にそって戻り、小屋を大きく迂回する形で身を隠せる場所を探した。
明るくなってから男と対決するつもりでいる。真相を突き止め、ヨナが持ち出した書類を探さねばならない。
山の斜面にそった窪地を見つけ、その中に入って身を沈めた。
上着のポケットのピストルを確認し周りに目をやった時、窪地の中央部が不自然に盛り上がっているのに気付いて、雪を足で払って見てみると・・・思わずヘッドランプを照らし当てた。
おびただしい数の、白くなった骨のかけらや頭骨が浮かび上がった。
その時強い光を受け、振り返った。男は片手で銃を構えている。
窪地に屈んだのと発砲は同時だった。
男が走り寄ろうとした時、発砲の振動で斜面から雪崩てきた雪に男は埋まった。
イワンは男をそのままにして小屋に戻り、地下を探った。
作品名:「山」 にまつわる小品集 その弐 作家名:健忘真実