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「山」 にまつわる小品集 その弐

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 ドスンッ、という音にドアを開けると、人が倒れていた。
 プルシーコフはその人を抱きかかえて小部屋の予備のベッドに横たえた。華奢で軽く持ち上げることができたので、女性だと分かった。靴を脱がせ、コートを取った。
 背中に手を当てて上体を起こし、ウォッカを入れた温かいコーヒーを彼女の口に持っていくと、その香りで気が付いたらしい。
 今は自分の手を温めながら、ゆっくりと啜っている。

「スープを作った、食べるか」
「ええ、ありがと。とても空腹なの、お願いします」
「こっちに・・・ストーブがある」

 ストーブのそばのテーブルで、ひとしきりスープを口に運んだ後
「私、ヨナ、ヨナ・シャスコビッチよ。あなたは?」
「プルシーコフ」
「ごちそうさま、プルシーコフ。とてもおいしいスープだったわ。お肉もたっぷり入れているのね、おかげで体も温まったわ」

 プルシーコフはそれ以上喋らなかった。
 ヨナは、今までの緊張感から解放されて饒舌になっていた。またプルシーコフが喋らない分、自分のことを聞いてほしいという欲求もわいてきた。
 ヨナは静かに語り始めた。


 私ね、トルイスタン生まれなの。酒場でアブスタンの将校と出会ってお互い惹かれ合って、一晩中一緒に飲んでいたのよ。一目惚れっていうやつかしら。まだ分離独立する前の話。
 彼が故郷に帰るって時になって初めて分かった。彼を愛してしまってたのね。母にだけ告げて彼を追いかけて行ったわ。彼は快く私を受け入れてくれた。フン、彼も私のことが忘れられなかったって。
 時間ってむごいものねぇ、5年も経つと容貌だけじゃなくて、気持ちも変わってくるものなのよ。
 彼に愛人ができてね。言葉の端々や行動から分かるものなの、女って敏感ね。女のつけている香水の種類まで分かるのよ。

 私の父ね、実はトルイスタンで要職に付いていてね、いつ帰ってきてもいい、って。母が父の部下を通じてこっそり連絡してきたの。この道を教えてくれたのもその部下。
 でも、手ぶらで帰るわけにいかないじゃない。何か情報を持って帰ろう、とその日がくるのを待っていたの。

 やっと手に入れてね。お天気とにらめっこして今日、もう昨日になるかしら、無謀だなんて考えなかった。
 これで自分の故郷に錦を飾れる。大手を振って暮らせるってわけ。
 ここからどのくらいで向こう側の麓に下れるのかしら。でも、もうすぐなんだわ。