「山」 にまつわる小品集 その弐
国境稜線の山小屋 (ホラー)
海に突き出た小国トルイアブスタン共和国がクロア連邦から独立を果たした後、2大勢力による内紛が絶えず、分離してアブスタン共和国とトルイスタン共和国となり軍部による独裁政治が執られていた。
アブスタン共和国とトルイスタン共和国の境界には4000m級のウィル山脈があり、かつては鉄道で結ばれていたが、現在は厳重な監視体制が取られ、往来ができなくなっている。
民間人にとって両国を結ぶ唯一の方法は山越えであるが、慣れない者にとっては困難極まるものであった。
ある冬の晴天の日、ひとりの女性が雪靴に分厚いコートを纏い、毛糸の帽子にマフラーと手袋をし、手にはボストンバッグを下げて山越えをしようと歩いていた。樹林帯の道は不明瞭であったが、とにかく上へ上へと向かった。
よほど急いでいたのであろう、十分な装備を揃えることができず、食べ物もわずかしか持たない。何者かに追われているかのように時々振り返って、自分のトレースを見下ろした。枝や根元に引っ掛かりながらもしっかりとした足取りで一定のペースを保ち、高度を稼いでいく。
時々立ち止まって呼吸を整え、鞄を持ち替えた。
登山には慣れているのか、休息を取らずに歩き続けた。
森林限界を過ぎ、高度が上がるにつれて頭痛が始まり、そこでやっと休息できる場所を求めて、大きな岩の下に洞を見つけ坐り込み、仮眠をとった。
寒さに目覚めると、日が沈もうとしていた。幸い満月に近く、斜面を照らし出している。
彼女は再び歩き始めた。気温は急激に下がっていった。風がないのが救いだが、とにかく動かねば。
空腹でふらつきながらも歩き続けた。
と、灯の明かりを認めた。国境となる稜線近くに小屋があったのだ。
ドアにもたれかかるようにして崩折れた。
作品名:「山」 にまつわる小品集 その弐 作家名:健忘真実