「山」 にまつわる小品集 その弐
作蔵は自分の生家には帰らず、住職のいなくなっている実林寺を住まいとして、村人たちの病を癒したり、娘の憑き物を落として喜ばれた。
子供たちの遊び相手となり人気者にもなっていた。
「トンボはな、小石を2つ糸でつないで高く放り投げてみぃ、餌や思うて寄ってくるんや。止まってるやつはな、こうして低くなって人差し指と親指を高くつき出したら止まりに来るから、すかさずつまむ・・・・・・ほれ、うまいもんやろ」
ハギは時々食べ物を持って実林寺を訪れた。
ひと月経とうかという昼下がり、作蔵はハギの家に立ち寄り耳打ちをした。
「供え物を携えて寺へ来てくれ」
寺の本堂、あたりに目を配り扉を閉めた。
「どうした作助さん」
「しっ、声を落とせ。山城に行っておったが、ワシを追う者を見かけてな、ここを突き止められるのは時間の問題。すぐに此処を立つ。それでこれをお前に」
手拭いに包まれた品を広げ見て、いやっ、と投げ出したハギ。
「なんや、これは」
「こけしじゃ。ワシがお前のために作った。で、お前にはようなじんどる。安産のお守りでもあるしな」
投げ出された物を丁寧に包み直してハギに押しつけた。
「どういうことや」
「いや、実を言うとな、お前を喜ばしていたのはこれじゃ。命を狙われとるワシが無防備な姿をさらすわけにいかんて。だが、最初のはワシ自身じゃから」
ハギは涙目になって作蔵を睨みつけた。
「それでわざわざ来てもろうたのはだな、ここに隠れ道がある。死んだ和尚が造っていたものだ。ここを通って、行く。その後この仏像を元の位置に戻して、素知らぬふうで供え物を下げて帰ってくれ」
「どこへ行く」
「堺。事が終われば帰ってくる」
「必ず、だな」
作品名:「山」 にまつわる小品集 その弐 作家名:健忘真実