「山」 にまつわる小品集 その弐
割符 (時代物アクション)
丹波能勢の里。
ハギはキノコや山菜で満たした負い籠を地べたに置き、山の斜面を少し下った所で、麻の単衣の裾をからげてしゃがんだ。
と、目の端にマムシをとらえ、びっくりして避けようとした弾みにそのまま斜面を転がり落ちた。
とっさの思いで両手を伸ばし立木をつかんだものの、体は空中に投げ出された。
両の手で木をつかんだまま、下に目をやる。
二丈(約6m)下に、小川がある。両岸には大小の石がゴロゴロしているはず。足がかりがあれば上がれると、足を前と左右に降ってみたが腕が痺れ肩が悲鳴を上げ出した。
もう、駄目、か・・・と思った時、手首をつかまれ、引っ張り上げられた。
地べたに両手と膝をつき、息を切らした。
そばには身の丈六尺(約182cm)近い男が、大の字になってあえいでいる。
「ありがとうございます、行者様」
立ち上がって行者姿の男のそばに行き、膝まずいて礼を述べた。
「うちがこの山を下りた所にございます。ぜひ休んでいかれませ」
「ハギ、それには及ばぬて」
へっ? 名前を呼ばれて驚いているハギの顔を見つめながら、行者は体を起こした。
「ワシじゃ、作じゃ」
「作? 助? おまえ作助か」
「今は作蔵と名乗っておる」
と言いながら立ち上がり、体に付いた葉っぱを払い落した。
「どれ、そのままじゃ帰れんじゃろ、しょんべん臭いぞ、下へ行こう」
斜面を登り返して一枚歯の高下駄をはき、笈を背負って錫杖を取り上げ、川へ下りる細い道をたどった。
ハギも負い籠を持って後に続いた。
ハギは着物のまま川に入り体を洗った後、単衣の裾をしぼった。
作蔵は川原の大きな石の上に座り、足を水の中に突き出している。
「作助どんは実林時の和尚さんを怒らして村を出てから、篠山にいると聞いとったが」
「ああ、和尚は元気か」
「いや、去年病で死んだ」
「そうか。あの業突く張りが死んだか・・村を出て7年になるかのう、ハギは確か10歳だったな」
「作助どんは14だったか、なんで村を出て行ったんや」
「なあに、業突く張りが貯め込んでた銭を失敬してな、丹波大岳寺(みたけじ)で修験道に入ったのよ。その後、吉野山の金峯山寺へ行っておった」
ハギは作蔵の袖の袂にマムシがいるのを認めて指差した。
「さ、作どん、マ、マムシが・・・」
作蔵は、マムシに似せて作った紐を取り出して見せ、頭を掻いた。
「わしが昼寝しとるとな、お前が突然尻を現したもんじゃから、ちと驚かそう思て投げたんじゃ。雪のように白いお前の尻がまぶしくてのう、顔の色からは想像もできんかったわ、ワッハッハッ」
ハギは怒りが込み上げてきて、握りこぶしを振り上げた。
「作はオレが小さい頃からそうやっていじめてばっかりやったぞ。イモリの赤腹を突き付けたり、カエルを首筋に突っ込んだり」
作蔵は、振り落としてきたハギの手首をつかむや、引き寄せた。
作品名:「山」 にまつわる小品集 その弐 作家名:健忘真実