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「山」 にまつわる小品集 その弐

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 土に段をきざんだ道を上がっていくと広い境内がある。ふたりは黙ったまま、並んでゆっくりとした歩みで上がってきた。所々には雪が残っている。吹く風には冬の名残が感じられた。

「慎太郎さまは、いつまでいられるのですか?」
「明朝ここをたちます」
「そんなに早く・・・今日戻られたばかりではございませんか」
「律さん、もう時間がないんだ。あなたのお返事が聞きたくて戻ってきたんです。まもなく私は舞鶴から出港します。その前に・・・」

「このクヌギの木、覚えていますか? 私たちここに来てよく遊びましたね。この洞の中に宝物を隠したりして・・・」
 律はクヌギの木を見上げた。花がいくつも垂れ下がっている。そして洞のふちに手を当てた。
「書状をここに入れて、交換したりもしていましたわ」
 慎太郎は、背後から律の手に自分の手を重ねた。
「ロシアとの戦いが終われば・・・祝言を上げること、了承していただけますね」

 律は小さくうなずいて振り返った。遠くには海が見えた。
「ロシアはどちらの方向にあるのですか?」
 慎太郎は腕を上げて指し示した。
「山に隠れていますが、あちらの方角になります。旅順はこちらの方角です。朝鮮のずっと向こうになります」


 1904年、開戦から3カ月後の5月15日、第一艦隊第一戦隊所属の『初瀬』はロシアの機雷を受け、2回目の触雷により後部火薬庫が大爆発、旅順港沖に沈んだ。

 姥負い神社の境内にあるクヌギの木の根元で、胸に短剣を突き立てた律が見つかったのは、雨がそぼ降る日であった。