吉祥あれかし 第二章
その告白に、或る者は『え?』と驚嘆の声をあげ、或る者は『本当に温室育ちの坊ちゃんなんだな』と変な所で感心した。実はこのインターナショナルスクールのバスケットボールのレベルは相当高く、課外活動としてのバスケットボール部は日本国内にあるインターナショナルスクール同士のトーナメントで何度も入賞している程だ。勢い、部に属しない生徒の中にもかなり腕の立つボーラーもいる。
全くの初心者だと看做されたマナは大凡自分に友好的と思われる生徒達が自らチームメイトを買って出て、マナに5 on 5のポジションの説明をしながら、自分達の出番を待つことにした。割り振られたチームの中でマナは身長が2番目に高かったので、ベースラインに居るように指示された。チームメイトとなった生徒達とストレッチ運動をしている間、マナは他のチームの実戦練習を凝っと、それこそ目を皿のようにして見ていた。
『此処では誰もが5 on 5の経験者なんだな…』
『ん?普通そうじゃない?苦手な奴もいるけど、うちの中ではコルグとジェイドが上手いんじゃないかな』
まだ顔と名前が一致していないマナは少し顰めた顔をすると、日本人らしい細身の少年は慌てて付け加えた。
『ああ、あっちの小さい方、黒髪の奴がコルグ。フィリピーノだからバスケットボール大好きだよ。部には入ってないけど良く3 on 3のコートで見かける。で、あの図体のでかいのっそりした奴がジェイド。ああ見えて物凄い俊敏だから驚くよ。一応ジェイドは部にも所属しているれっきとした選手だ』
なるほど、コルグの方は今や遅しと自分の出番を待ち兼ねているかのようにレッグスル―ドリブルを繰り返しており、ジェイドは何と言っても上背がある。自分も平均よりは高い身長の筈だが、ジェイドはマナより頭一つ抜けて背が高く、部で教えられたらしいストレッチメニューをこなしていた。
いよいよ、マナ達のチームがゲームをする順番が回ってきた。『ヒャッホウ!』とコルグがドリブルしながらセンターサークルに駆け込んで行く。コイントスで、マナのチームが白い体育用着の上に青いビブスを着用することになった。ビブスに腕と頭を通しながら、マナは無着用の相手チームのメンバーの何人かが自分に鋭い視線を送っていることに気が付いていた。一人は最初の英語の時間の始業前に自分に絡んできた愚連隊グループの中の一人だということは識別できたが、他の何人かには自分は何をした覚えも、何を言われた覚えもない。大方、愚連隊は愚連隊同士、妙な所で結託してマナのことを大袈裟に自分達の「同志」に言触らしたに違いなかろう。
(最初から変に目立つ行動をしたのが不味かったのか…?)
ジャンプボールは見事にジェイドが制し、ボールハンドリングの上手いコルグの処にボールが渡るようにコントロールしたのは流石は課外でもバスケットボールをプレイしている所以だろうか。コルグは陽気にトラッシュトーキングをしながら自分をマークしてくる相手を挑発しつつ牽制している。基本的にはマンツーマンディフェンスであるらしい。ボール運びはコルグに任せておけば大丈夫かと、マナはゲーム前に指示されたように動くことを心がけた。と、ここでマナはある事に気がついたのだ。ジェイドにはがっちりとマークが入っているのは当然の策と言えば当然なのだが、何故か自分のマークが手薄なのだ。恐らく相手チームも今日学校にやって来たばかりのマナのことは様子見と言ったところなのだろうか。こんなことぐらいはゲームを組み立てているコルグに瞬時に見破られてしまうだろうに。
案の定、センターラインギリギリ手前の処でコルグからマナにボールが回ってきた。しかしその瞬間、まさに瞬く間と言って良い。マナの周りを3人ががっちりとガードし、激しいボディコンタクトでボールを奪い取ろうとしてきたのだ。何回か鳩尾に肘鉄も食らったが、自分をマークする3人は巧妙に審判の目から見えない位置で「合法的に」暴力を奮って来たのである。マナは、ピボットを使い、何回かドリブルをしてマークのいない場所を目指したが、そこはサイドラインぎりぎりの場所だった。このままだとラインアウトしてしまう可能性が非常に高い。背中から強力なパンチを浴びた瞬間、マナは反射的にボールをコルグの方に投げ返した。
『バックパス!ノンカラーボール!』
甲高い笛の音と同時にそんな審判役の教師の声が体育館に響き渡った。一瞬、マナには何が起こったのか判らず、痛みで片膝をついた状態で唖然とした。そうだったのだ。自分は3 on 3や2 on 2ばかりしかやって来なかったためにバスケットゴールは一つ、コートは半面分で良かったのだ。増して、自分が良く見ているプロバスケットボールや大学バスケットボールでは滅多にこのような「ポカミス」は起きない。コートが倍ある5 on 5の経験が全く無いために犯してしまったミスだった。それに気付き、ふいと俯いたマナに上から容赦無い嘲笑の雨が降りかかってくる。
『おやおや、バックパスも知らねぇの?へザースタインのお坊ちゃんは?』
『ちょっとボディコンタクトしてやっただけでヘバってやがるぜ!これだから温室育ち共は困るんだよな!』
自分のミスを嘲笑うのは自らが招き寄せた罪科だから許せる。しかし、それを出汁にして自分以外の人間までをも嘲笑する行為は許せない。マナは俯いた顔を再び上げて、ヘイゼルの瞳で強く嘲笑している相手を睨みつけた。相手はそんな悪意の籠った睥睨は日常茶飯事だとばかりにフンと鼻を鳴らして立ち去って行く。
コルグがバックパスを受けてしまったサイドラインから再びコートの中にボールが投げ入れられようとしている時、ジェイドがマナに短く話しかける。
『奴ら、お前を狙っている。挑発には乗るな。次は早くセンターラインから向こうに走れ』
『アイサー』
苦笑しながらもマナはジェイドに短くウィンクで答えた。
そして今度はマナ達のチームがディフェンスに回ることになった。相手チームの、特にマナを目の仇にしている少年達が複数がまず、ベースラインでディフェンスに入ろうとするマナを妨害する。「基本的にディフェンスはマンツー」と事前に決めた筈なのに、マナはそれすらも実行に移せない状態に置かれてしまったのだ。そして今度は審判の目の届かぬ所のみならず、ボールを持った相手チームのプレイヤー達がマナに対してだけはボールを高めに持ってピボットを重ねる。つまり、ピボットをする度にマナの体のどこかに肘鉄が食らわされることになるのだ。
『くっ・・・』
相手チームの激しいボディコンタクトにマナは歯を食いしばりながら堪えたが、ついにガツンという鈍い音と共にマナの頭蓋に肘鉄が入った。一瞬、視界がブラックアウトした後、マナはコート上に両掌両膝を突いてそのままうずくまってしまった。
周囲がざわめき、ひそひそ囁き声で噂する者、マナの名前を叫んで無事を確認する者が交錯する中、コルグが相手チームの首謀者と思しき人物に勢い良く食って掛かる。
『てんめえ!そいつにだけ無茶な肘鉄喰らわしやがって!幾ら新入りだからって限度ってもんがあるだろうが!』
作品名:吉祥あれかし 第二章 作家名:山倉嵯峨