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吉祥あれかし 第二章

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(天下の複合企業へザースタインの係累が何故そんな南海の島に?)

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 Heatherstein(へザースタイン)はアメリカ合衆国、ワシントンDC近郊のヴァージニア州に本拠を置くアメリカ国内でも有数の複合企業である。元々は20世紀初め、ヴァージニアの片田舎でルークとマシューのへザースタイン兄弟が近隣農家への宅配と通信販売を始めた小さな家内企業であったが、第二次大戦後の好景気の時期にマシューの息子アーサーが優れた経営手腕を発揮、M&Aにより一気にその規模は全米規模となり、扱う業種も旧来の運輸・通信業の他にも製造業や金融業などに広がった。そして、先代のウィリアム・へザースタインが実権を握った1980年代以降はアメリカ国内だけでなく世界各地に支社を持つ世界でも有数の商社に成長した。

 しかし、ウィリアムは1995年、突然の死を遂げる。急性心疾患とも、毒殺ともされる彼の死因については未だ謎が多く、また、その突然の死によってへザースタインの世界市場での権勢は急衰してしまうのではないかと危惧されていたが、そんなピンチを救ったのが現在のへザースタイン・インクのCEOを務めているウィリアムの妻、美貴・へザースタインであった。葬儀の席、早くもウィリアムの遺した遺産を巡って親族間の対立が深まっていたが、生前のウィリアムの良きビジネスパートナーでもあった美貴は遺産のみを争う親族達を尻目にウィリアムの腹心達を自らの取り込むことに成功、複合企業としてのへザースタインの大胆な構造改革に踏み切り、首尾良く親族達を「大金のみ握らせ黙らせておく」ことに成功、自らは経営者として就任し、現在のコングロマリット・へザースタインの時代が始まった。

 勿論、親族以外にも日本人である美貴に白人資本の企業の経営の実権を握らせるのは如何なものかという些か人種差別的な動きもあったが、実業家としての美貴の手腕は申し分ない。美貴の名前はアメリカ実業界でも『運輸商社の女帝』と二つ名が付けられる程辣腕家であり、現在ではやっかみ程度に彼女の存在を『ミッキーマウス』と揶揄る輩がいる程度である。

 そして、ウィリアムと美貴の間に子供がいたかどうか。このことは今をもっても謎とされている。或る者は子供は出来たが流産に終ってしまったと尤もらしく語り、そしてまた或る者はこうも語っていた。

「ウィリアムと美貴の間の子供には先天異常があり、実業家の後継者たり得ないため、ヘレン・ケラー宜しく蟄居生活を強いられ、その存在は深く隠匿されている――」

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(「人の口に戸は立てられない」とは良く言ったものだが、突拍子も無い扉を考え付く奴も世の中にはいるんだな…)

 マナは、そんなことを考えながら化学実験のためにアルコールランプの上に置かれた三角フラスコの液体をぼんやりと眺めていた。下でランプにより暖められた液体がもやもやと畝を作って動き始めるその様は、丁度夢に落ちる寸前に見るマナにとっての「いつもの光景」に似ていた。

 マナにある意味「先天異常」があるのは事実である。そしてそれが原因でティーニアーン北部のハゴイ・アメリカ空軍基地に隣接するへザースタインの広大な私有地に幼い頃から使用人や家庭教師達に囲まれて暮らしていたのも事実である。そして、マナがウィリアムと美貴の間に出来た一人息子であることも、事実である。しかし、何故マナが隔離されて育てられることになったか、マナの「先天異常」とは一体何なのか、その点に於いては実際とは重大な相違があるのだ。

(まあいい。今のところは敷かれたレールに乗ってみるのも一興だろう)

 黙々と実験結果を詳細にノートにメモする外見からはマナの心の中のそんな呟きは全く見えない。寧ろ淡々と実験メモを取るその精悍な横顔に見蕩れてしまう女子生徒もいたほどだ。

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 実験も終わり、道具の後片付けが終了した所で授業のチャイムがタイミング良く鳴り、上手く時間を調整出来たと満足気な教師の笑顔にマナは黙って片手を挙げて黙礼し、次の授業である体育のためにロッカールームから体育着を取り出し、更衣室に向かった。

 更衣室には勿論、先ほどの悪童達も幾人かはいたが、寧ろマナの圧倒的な気迫と、そしていつの間にか出来てしまった他の生徒達の「マナ包囲網」の中に入り込むことは不可能に見えた。

 体育着に着替える時、一旦マナは何の躊躇も無く上半身だけ裸を見せた。少年であり未完成ではあるが良く引き締まった筋肉に日に焼けた小麦色の肌は流石南国育ちと思わせるものがあった。しかし周りの少年達の目を弾き付けたのは、マナが身に着けていたネックレスであった。一見ドッグタグかと見紛う形状のピンクゴールド素材のチェーンの先に無理矢理付けられた厳つい金のペンダントトップはそのチェーンの細さと相俟って些か不格好に見えた。

『マナ、それ何?』

 隣にいたクラスメイトの一人が気軽に声を掛けて来たので、マナは戯けるような表情でひょいとペンダントトップを摘みあげ、左右に振って見せた。

『Good-Luck Charm(お守り)…と言われてるよ。大した金額はしないと思う』

『ふぅん。“お守り”ねぇ…』

『ここのドレスコードには引っ掛からないようにはしてるし、普段は隠してるから、これは秘密にしておいてくれると嬉しい』

 マナは念を押すためにその相手にウィンクを送ったが、周りの生徒達はこの「秘密」が共有できたことが嬉しいらしく、全員ニヤリと笑ってサムズアップで応えた。

 しかし、その更衣室の一角にはマナの動向を虎視眈々と窺う悪童達もいたのである。彼らの冥い瞳に「先立って受けた侮辱への仕返し」という言葉が浮かんでいたのは言うまでも無い。

 体育館に向かうと、そこではバスケットボール用にコートが整備されていた。マナはバスケットボールをクラスメイトから受け取ると少し驚いた様子でそのボールを一回、地面にドリブルした。

『…この人数でやるのか?』

 マナの戸惑ったような独り言にクラスメイトの一人が気さくに話しかける。

『まさか!幾つかのチームに分かれてのゲームさ。自分のチームがゲームしない時はストレッチとか基礎運動が多いかな』

 その時、何かしら気付いたらしいくるくるの栗毛の少年が無邪気な冗談を飛ばした。

『まさか、やったことないわけじゃないだろ?』

 南国育ちのマナを少しだけからかうような口調に、マナは真剣に考え込んでしまっている。ただ、凝っと床を見つめながら勢いの無いドリブルを続けていたマナだが、「この場合はきっと事実を話した方が良い」と判断したのか、ドリブルしていたボールを手に持つと周りを取り囲んだクラスメイトにきっぱりと言い放った。

『テレビとかでは見たことはあるが、俺は5 on 5は実戦ではやったことがない。いつも相手は家にいた人間だったから2 on 2が限度だった。コートなんてなくて、只駐車場の屋根にゴールを取り付けただけの場所でやっていた。だから、多分勝手が判らないと思う』
作品名:吉祥あれかし 第二章 作家名:山倉嵯峨