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吉祥あれかし 第二章

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 少年は悪童の拳を既の処で交わし、本を持っていない方の手でその拳の先の悪童の腕をがっちりと掴み、そのまま手前に引き込みながら膝元に蹴りを入れ、悪童の体を一回転させ、床上に転倒させた。ズシン、と鈍い音を立てて悪童は引っ繰り返され、痛みのために呻き声をあげた。その声に、流石に悪童達も色めき立って少年に次々に攫み寄った。

『てめぇ!』

『ジャックに何しやがる!!殺すぞ!』

『静かに!第一時間目の英文学のコースは始まっているぞ!』

 悪童達の罵声はクラスルームに入って来た中年の白人男性教師の一喝によりピタリと止み、周りの空気も緊張が走った。「負け組」悪童グループの一人が床で呻いている同胞に肩を貸してやりながら、他の「負け組」連中もすごすごと自分のバックパックが掛けてある小机附きの椅子へと向かう。人山の集りが解けたグラウンド・ゼロに佇む少年の姿を認めて、教師は教卓に資料を置きながら少年に起立を続けるように命じた。

『彼は今日付けでこのスクールに来た転入生だ。本来であればウェルカムパーティーでも開きたいところだったんだが、学期の途中ということで皆には前置き無しになってしまったようだな。君にも、皆にも、済まないことをした。改めて、自己紹介してくれるかな?』

 その言葉で、生徒達の視線がクラスルームの一番奥の端の席の隣に立っていた少年に一斉に注がれたが、相変わらず茫洋とした風情を靡かせながら少年は淡々と自己紹介をした。

『マナ・ヘザースタイン。6月の卒業までの短い間だけどよろしく』

 そこにいた生徒全員はその少年のラストネームを聞いて喉から驚きの声が出すのを堪えるのが精一杯だった。

(へザースタインとは…「あの」へザースタインなのか!?)

 少年が短い挨拶と共にすぐに着席してテクストを開いてしまったため、クラスルームの生徒達はそんな素朴な疑問を投げかけることも出来ず、渋々と授業を受ける羽目に陥ってしまった。

 授業終了のベルが鳴らされると、生徒達は一斉にマナの方に駆け寄り、矢継ぎ早に質問を投げ掛ける。

『ねえ君、へザースタインって、あのへザースタイン!?』

『何でこんな所に居るの?!』

『今までどこにいたの!?』

 その勢いに最初は些か面喰っていた様子だったが、マナは面倒臭そうにテクストをバックパックの中に入れながらのっそりと立ち上がった。ヘイゼルの瞳、癖のある短めの黒髪、そして良く日に焼けた精悍な肌は、彼をして「何系」と特定せしめない独特の雰囲気を醸し出していた。

『最初に言っておく。俺は想像の通りの”あの“へザースタインの人間だ。それから二つ目。俺はこれから化学のクラスルームに行かなきゃならない。ロッカーにテクストを置きに移動するから長い質問には答えられない。以上だ。』

 そう言うと、唖然としているクラスメイト達を他所に、飄々とバックパックを肩掛けにしてクラスルームを出て行った。

 クラスルームから個人用のロッカーが並ぶロッカールームに行く途中、横様にマナは通路に隠れるように潜んでいた男から声をかけられる。

『初日から勢い良く暴れ過ぎです』

 マナはふと立ち止まって、ちらりとその男の方向を見遣りながらフッと笑みを浮かべた。

『俺は学校という組織を知らないからな。多少の不案内には目を瞑っていてくれると嬉しいんだが…それにしても、お前…こんな処まで俺に張り付いている気か?』

『貴方に関しては、何時、何処で、どのように危害が加えられるか予測できませんから』

 男はがっしりとした体つきで、マナより10センチばかり身長が高く、マナほどではないが日焼けした肌と縮れ毛を持つ、20代半ばの青年だった。一応ドレスコードは意識しているらしく、パシリとスーツを着こなしてはいるが、9年生までの学校におよそ似つかわしくないことこの上無い存在に見える。

『俺が基本的なトラブルは自分で捌けることぐらいさっきも見て判っただろうが。寧ろお前が此処にいること自体、不審極まり無い。9・11(nine-one-one)以降色々と厳しくなったからな』

『プリンシパル(校長)とボード(理事)の方々には既に承諾を得ておりますが』

『頭に物を言っても首から下の体が言うことを聞かなかったらどうするんだ?K-1(小学一年生)辺りの子供がお前の姿を見つけでもしてみろ。瞬時にホッジ・ポッジ(大騒ぎ)だ』

 そんな不穏な会話がされているとも知らず、次のクラスもマナと同じ化学である9年生が数人、マナの名前を呼びながら駆け寄ってくる足音を聞いて、マナはプス、と独特の舌打ちをして身を潜める男に短く言い置いた。

『兎に角、校内には入るな。正課の授業時間が終わるまでは門の処に待機していろ。』

 男が納得行かないながらも渋々引き下がった直後、マナはロッカールームへの歩みを再び始め、数人のクラスメイトがやっと追い付いた頃には既に男は何処へともなく姿を晦ましていた。

『マナ!僕達も次は君と同じクラスなんだ!案内するよ!』

 クラスメイトの一人が目を輝かせながらマナを見つめる。その無邪気な瞳に表情を和らげたマナは振り向いて追い付いてきたクラスメイト達に微笑みかけた。

『ありがとう。さっきは驚かせてごめん。でも俺は決して好戦的な人間ではないよ。信じて欲しい』

 先ほどの悪童を倒した鋭い眼光とおよそ同じ人間が持つとは思えない、その慈雨の如き微笑にその場に居た者全員が魅了された。

『当たり前だよ!君は正しいことをしたんだ!』

『そうそう!俺なんかこう、胸がスカッとしたっていうか!』

『あいつ等は9年の中でも一番問題多いグループだから本当に困ってるのよ』

 ロッカールームに向かって歩きながら、そんなクラスメイトの言い分を聞きながら、表面上は穏やかに微笑み続けながら、マナは考える。

(つまり、あいつ等の親、もしくは親分に相当するのは他の生徒の親も口出し出来ない奴だってことか…)

 ロッカーに繋がれたナンバリング式の回転鍵を操って開錠し、英文学のテクストと化学のテクストをバックパックに入れ替えながら、マナはクラスメイトの素朴な質問に至って淡々と受け答えをする。

『マナは此処に来る前はどの学校に行ってたの?』

『学校には行ってないよ。家に家庭教師が数人いたから、彼らに教えて貰ってた』

 その言葉に『ヒュー!流石へザースタイン!』という悪気ない冷やかしの言葉が掛けられる。

『ヴァージニアから来たの?』

『いや、俺はへザースタインの家には殆ど行ったことがない』

『…え?じゃあどこから…』

『Tinian』

『ティ…?』

 「彼らにとっては」耳慣れないその名前に、マナは一息ついて一歩立ち止まった。勢い、他のクラスメイト達が一歩先に出て振り向く体勢になる。

『ティーニアーン島。サイパンの南にある。US Commonwealth(アメリカ信託統治領)の北マリアナ諸島の一つだ。日本の方が合衆国よりむしろ近い』

 そう言うと、マナは颯爽と化学のクラスルームの中に入って行く。残されたクラスメイト達は暫し心の中にこんな疑問符を浮かべていた。
作品名:吉祥あれかし 第二章 作家名:山倉嵯峨