ゴールドとカッパーの心理合戦(ココロしあい)
8.
俺は、その日の晩。寮の自室のベッドに寝そべりながら考えを纏めていた。
(美和子とコミュニケーションを通して言質を取るのは無しだ。これ以上は危険すぎる。リスクが大きい。無用なトラブルに巻き込まれるリスクが格段に跳ね上がる…)
”知らずの内に、ロッカーに閉じ込められていた”――なんて、妙な目に合えばそう考えたくもなる。
(だが、初めての時と今日の事で、彼女の『能力』の性質はある程度分かった)
俺は美和子の『能力』をこう推測する。
(まず、ボイスレコーダーの録音時間。普通、意識があれば任意のタイミングで録音を止める筈だ。目的を果たした時点で、”ここまででいいだろうと”そう判断して録音を止める筈。だと言うのに俺は録音を止めていなかった。気が付いた時にはロッカーの中に閉じ込められていて、その時までボイスレコーダーの録音は続いていた。これが示す事実は――)
美和子の『能力』。性質、その一。
・『何か』を切っ掛けに『意識ある無意識状態』になる。
(――変な言い方だが、その時、”無意識ながら意識があった”ようだ。ボイスレコーダーには、俺がロッカーの中で”意識を取り戻した時まで”の経緯が録音されていた…)
ボイスレコーダーをパソコンに接続し、俺はその時の音声を再生した。
/―音声再生―/
昼休み。食事が終わった後、八歳がこんな事を言い出した。
「ねぇ?ゲームしない」
「いいぜ、まだ時間もあるしなぁ。何やる?」
――俺と八歳がやるゲームと言えば、取り敢えず二つ挙がる。ブラックジャックか、ポーカーだ。この二つに限らず、お互いの腹を探り合う心理戦を孕んだゲームを俺達は好む。
俺は、相手の些細な変化から、普段との『差違』と『差分』を見抜き、嘘を見破る。
対する八歳は、大抵の事には動じず、暢気な態度と、柔和で爽やかな表情を崩すことが無い。ある種のポーカーフェイスの持ち主と言える。
俺達二人にとって、ゲームは只の余興と娯楽ではない。目的は別にある。俺は、八歳の不動のポーカーフェイスを『様々な手段』で切り崩し、嘘を見破る。八歳は、その裏をかいて俺を攪乱し、本心を悟らないよう煙に巻く。
俺達二人にとってゲームとは、互いのメンタルを鍛え上げ、互いの『スキル』を向上させる為に行う、鍛錬(トレーニング)であった。肝心の勝率はまぁ…――互いに、五分五分と言っておく。
「私もいいかな?参加しても」
遠慮がちに言う美和子。八歳は快く承諾する。
「もちろん。二人よりも三人の方が楽しいしねぇ」
「ああ、遠慮すんなって、やろうぜ」
「ありがと。で、何やるの?」
「んー、じゃぁ。ポーカーでいいかなぁ?」
俺と美和子は、それでいいと答えた。
――カードをシャッフルし、配る音が聞こえる。
カードの配布が終わり、ゲーム開始かと思いきや、八歳がこんな事を言った。
「んじゃぁ、何賭ける?」
「えー?美和子がいるんだぜ今日はよー、やめようぜ賭けは」
露骨に嫌そうに言うのは俺だった。
「んー、別に私はいいよ。その方がスリリングで楽しそうじゃない」
何の抵抗も示さず、自信に満ちた調子で言う美和子。
「みわっち…!いいのかよ、賭けの対象が何かも分からないのに、ホイホイ乗っちゃってよ?」
「大丈夫。私、八歳とこの手のゲームして、負けたことないから」
とんでもない事に美和子は、あの八歳を相手に常勝と言う剛の者であった。
――そう言えばこいつら、幼なじみだったなぁ。仲良さそうだし…。普段から遊んでいたとしても不思議じゃないか…。
「ま…まぁ、でもよぉー。昼休みの…只の余興に賭けまでする事は無いだろ?遊びだぜ、遊び?マジになって賭けまでするこたぁねぇよー。リスクを抱えるなんてさ…」
突然現れた強敵の登場に恐れを成したのか、そんなみっともない詭弁を弄する俺。
――実を言うと、八歳に負けてロクな目に遭ったことが無い。金銭を掛けることは流石にしなかったが、その代わり負けた代償として、(現実的に出来る範囲で)相手の言うことを一つだけ、何でも聞くと言うペナルティが課せられる。それで何回、八歳にとんでもない無茶ブリをさせられた事か…。
「あれぇ?ゲームにリスクは付き物だって、普段から言ってるの暁の方じゃない?一貫性が無いのは良くないよ。自分に対する裏切り行為じゃないのかなぁそれは」
「ぐぅ…、人の良心に訴えかける様な事言いやがって、こいつは…」
――八歳の言う通りだった。『ゲームにリスクは付き物』と言うのは間違いなく俺の金言だ。ぐぐ…言質を取られやがって俺…、普段ならこんな事絶対言わないのにな…。きっとこの時の俺は、美和子の手前、負けてカッコ悪い所を見られたくないと言う心理が働いていたのだろう。
観念した俺は、
「わかった、わかったよ。『自分に対する信頼と約束を破らない』のが、俺の『ルール』だ。
じたばた言わず引き受けるよ。いいぜぇ、やろうぜぇ、スッテンテンにしてやるからよ」
勝算はともかく、不敵な態度で強気に言う俺。結局、ホイホイと八歳の口車に乗せられてしまうのであった。
「あははー。始めから素直にそう言えばいいんだよ。ホイホイ乗せられちゃって、この赤茶毛チキンのチャラ男さんめー。デカい口叩いておいて、後で後悔しないでよねー?」
「っくぉッ、くぅぅ―――…!ホント…、ホント、うっぜぇよな、お前ぇぇ―――…!!」
/―行程中略―/
ゲームの結果はと言うと、ぶっちぎりで俺が”ドンケツ”を飾り、ペナルティと言う名の罰ゲームをやるハメになった。次点は八歳。トップはもちろん――。
「では、負け犬の僕達は何をすれば宜しいのでしょうか。トップの美和子さまー?」
仰々しい口調で、暢気に言う八歳。当然、敗者である八歳もペナルティを受ける。
「もう、なんだかくすぐったいなぁ、そういう言い方。そんな畏まった言い方されるほど大層なご身分じゃないよー私は」
照れくさそうに言う美和子を、「あはは」と面白がって見ているであろう八歳。そう言う光景が音声から想像出来る。
「そうねぇー…、じゃぁ八歳が、暁君にペナルティを課すのがペナルティね。で、暁君は八歳の言うことを聞くのがペナルティってことで」
――なんじゃ、そりゃ。
その時の俺も、そう思ったのか。
「おいおい、そりゃダメだろー、みわっち。勝者なんだからさ、きっちりと自分で決めてくれよ。そんな他人任せじゃ、ペナルティの意味が無い。俺達の事は気にするな。遠慮せず言ってくれて構わないからよ」
俺に指摘されて「あ…えーと…」と言い淀む美和子。それを遮って言うのは八歳だった。
「いやいや、暁。これも立派なペナルティだよ。負けた代償として、敗者が勝者の課したペナルティを実行する。それがルールの筈じゃないか。しかも、『現実的に出来る限りの範囲』で。それが、僕らの取り決めでもあったはず。そうだろ?」
「あぁ、そうだな」
作品名:ゴールドとカッパーの心理合戦(ココロしあい) 作家名:ミムロ コトナリ