ゴールドとカッパーの心理合戦(ココロしあい)
7.
ボイスレコーダーの記録を聞いて、俺は戦慄していた。
「とんでもないぜ、こりゃぁ…」
その内容にではない――記(`)録(`)時(`)間(`)の方にだ。
なんと、録音を開始した昼休みのあの時から、今(`)ま(`)で(`)――。
俺(`)が(`)気(`)が(`)付(`)い(`)た(`)、今(`)こ(`)の(`)時(`)ま(`)で(`)の(`)音(`)声(`)が(`)記(`)録(`)さ(`)れ(`)て(`)い(`)た(`)か(`)ら(`)だ(`)。
その記録時間――
「一時間五十六分…か」
初めて美和子の能力に掛かったときは、翌朝まで異変に気が付かなかったが…。
(能力の効力持続時間には、バラつきがあるのか…?)
ん?ちょっと、待て。
(んじゃぁ、気が付かなかった間。俺はどうしてたんだ?意識を失っていたってのか?こんな…)
――そう、それが疑問だった。
――何故、そんな事を疑問に思うかというと…――
(…こ(`)ん(`)な(`)、ロ(`)ッ(`)カ(`)ー(`)の(`)中(`)に(`)入(`)る(`)ま(`)で(`)…!!)
――気が付くと、俺は更衣ロッカーの中にいたからだ。
しかも、外から鍵が掛かっているのか、外に出ることが出来ない!
(普通、気が付くはずだろ!?やっぱり、意識を失っていたって事か!?…しかし、まずい。まずいぜぇ、こりゃぁよ…)
そう。まずい…。閉じ込められていることなんてどうでもいいのだ。
(確か、次の時間は体育だったはず。体育の授業は、ウチの五組に、四組と六組を交えての三組合同授業…)
なにせ、ここは――。
『部屋』の扉が開く音が聞こえた。
「はぁー、全くやだよねぇ体育だなんて。メイクぐちゃぐちゃになっちゃうよー」
「だねー」
ここは――女子更衣室だったからだ!
(まずい、不味い、マズイ!これは非常に…マズイ!!だが、女子更衣室は三つあったはず!他のクラス連中だったら…いや、それでもマズイが。同じクラスの連中にばれるよりはましだ!)
話し声と、足音が瞬く間に増え、更衣室はあっという間に女子生徒達で埋まった。
ロッカーの戸穴から外の様子を窺うと、見知った顔があった。
ウチのクラスの女子連中だ。その中には当然、美和子もいる。
(ゲェェ―――ッ!?よりにもよってかよッ!やべぇって、マジこれ。見つかったら、抹殺されるよ、肉体的にも社会的にもッ!!明日から第一級指定危険人物決定じゃねぇかっ!目立つのは勘弁だが、こんな形で目立つハメになるのはもっとゴメンだぜ!!)
次々と、女子達がロッカーの戸を開けていく。
俺が閉じ込められている同じ列のロッカーが、バタコンと開けられる度に、心臓が飛び出しそうになる。――正直、寿命が縮むぜ…。
男子が一人、ロッカーの中にいるとも知らず、着替え始める女子達。
普段、想像と妄想の上でしか拝めない、制服の下に隠された女の子達の下着姿が、白日の下に晒されパラダイスひゃっほぅ♪神様ありがとう、ラ○ュタはほんとにあったんにゃ――!
(って、バッカ!なに言ってんの俺!見ちゃダメ!見ちゃダメでしょ――!そんな事したら、女の子達に失礼でしょー!!もう見ちゃったけど、心だけはピュアでいたいの、俺は!
……でも、ここまで来たら、『毒食らわば皿まで(?)』だよね?…ああ、主神よ。ちょっとした事でのたうち回って反応しちゃう、年頃のリビドーが悪いんです。俺は本能に正直に従っただけ。よーし、もう行くとこまでいっちまぇー!ヒャッホーーーゥッ!!)
――と開き直り、目を開けて、女子達の着替えを拝もうとした、その時。
なんの脈絡もなく、俺が閉じ込められているロッカーの戸が開かれた。
「―――ッ!?」
俺の眼前に飛び込んできたのは、美和子の姿だった。(生憎、制服のままだったが)
「……」
「……」
「……(俺、脂汗ダラダラ)」
「……(死んだ魚の様な目で俺を見る美和子)」
沈黙したまま、互いを見据える俺と美和子。
俺は、どうしたらいいかと悩み。とうとう頭が真っ白になって。
「…ハオ」
と、掌を掲げ、俺はインディアンよろしくそんな挨拶をかましてしまった。
バタン!と、(どこか無言の怒りを込めて)美和子は静かにロッカーを閉じた。
(うぉぉぉあぁぁぁっ!!あー!明日からなんて言われるんだ。更衣ロッカーに忍び込んで女子の脱衣を拝むことに異様な性的興奮を覚えるスニーキング変態。略して『スニ変』とかって言われちゃうのかぁー!?ぐぅぉぉお―――ッ!!それよりもだ!間違いなく、幻滅された!せっかく美和子と仲良くなれたのにぃぃ。このままじゃ計画は破談!いや、そんな物は幾らでも練り直せるッ!計画の破談よりも、美和子に嫌われるそっちの方が頭が痛いぃぃぃ――ッ!!)
俺が、(心の中で)身もだえして苦悩していると、再びロッカーの戸が――正し、小さく――開かれた。
小さく開かれた戸の隙間から、美和子の目と口が覗いている。
どこか、フェティシズム的なエロスを感じるぜ…。
(助けてあげようか?)
小声でそんな事を言う女神様。
――マジかよ。
正に渡りに船。地獄の底に垂れ下がる蜘蛛の糸。いや、この際なんでもいい。この状況をやり過ごせるのなら、藁にもすがりたい気持ちだ。他に脱出手段も無さそうだしな。
俺は、美和子の申し出にコクコクと頷いた。
美和子はフッと口端に笑みを浮かべ、
(いいよ)
と、――ぞわりとする位――優しい声で囁いた。
美和子は、ぱたりと静かにロッカーの戸を閉めて、皆の方へと向いて。
――口を開き。
――たった一言。
「――――――」
何を言ったかはよく聞き取れなかったが、美和子が言葉を発した後、俺の目に映ったのは実に奇妙な光景だった。
皆、美和子の言った事を諾々と受け入れ、示し合わせたかの様に手早く体操服へと着替え、着替えが終わると蜘蛛の子を散らすよう足早に更衣室から出て行った。
更衣室に残ったのは、ロッカーの中にいる俺と、美和子だけになった。
(こいつは驚いた。まるで、ハーメルンの笛吹き男の如くだぜ…。しかし、ともあれ――)
――助かった。
美和子に『貸し』を作る形になってしまったが、この際しょうがない。
「もう大丈夫。出てきてもいいよ」
更衣室に残っている人間が(俺達二人以外)居ないのを確認して、美和子が言った。
俺は、恐る恐るロッカーの戸を開け、辺りを見渡しながら外に出た。
「ふぅ、助かったぜ。どうもありがとうな、みわっち」
「ううん、いいってこと。暁君にはいつもお世話になってるし、ね?」
美和子は、口元に指を当ててウィンクして見せた。
「ははは。そう言って貰えると助かる」
「でも…。皆の着替え、覗いてたでしょう?」
妖艶な笑みを浮かべ、悪戯っぽい小悪魔の表情で言う美和子。
そう言われて、思わずしどろもどろになってしまう俺。
「がっ…ぐ!え、えぇーと、そ…それは、ねぇ?不可抗力…っつうか、よ?」
「あはは。大丈夫、大丈夫。これをダシに、『じゃぁ、貸し一つね。三天堂のケーキバイキング一回おごりで勘弁してあげる(はぁと)』とか言わないから」
作品名:ゴールドとカッパーの心理合戦(ココロしあい) 作家名:ミムロ コトナリ