科学少女プリティミュー
巻き込まれていけない。絶対に巻き込まれてはイケナイ臭いがプンプンしている。
小うるさい猫人間がにゃーにゃー鳴いているのも気にせず、ミユは足早にこの店から出ようとした。
が、突然、個室のドアが開き、中からバスタオルを体に巻いた少女が飛び出してきた!
少女っていうか幼女はミユの顔を確認するや。
「ミユ!」
名前を呼ばれてしまった。
ミユには見覚えがないが、きっと関係者に違い。
しかも、ミユには嫌な心当たりがあった。
「もしかしてママ?」
「うん」
幼女はかわいらしく頷いた。
がーん!
ミユは頭を抱えてうずくまった。
もう見事なまでに巻き込まれしまった。さすがに家族まで見捨てることはできない。
ミニママを追って、ハチのコスプレをした店員が部屋から飛び出してきた。
「待ちなさい!」
と言って待つくらいなら、はじめからここまで逃げて来なかっただろう。
ミニママは小さな体を活かして店員の腕の間をスルりと抜けて、ミユの胸の中に飛び込んだ。
「助けてミユ!」
「助けるもなにも……とりあえず逃げる!」
ミユはミニママを丸太のように抱きかかえた逃走。後ろからはハチさんが追ってくる。しかも気づけば大群。
まるで蜂の巣でも突いたような状況。
こんなときは決して後ろを振り向かず、とにかく逃げる。
ミユは店内を駆け巡り、裏口から飛び出した。
後ろからは怒濤の気配がする。まだ追いかけてくる。どこまで追いかけてくる気なのか。
「ママ、どうしようまだ追ってくるし!」
「ハチさんは黒いものに反応するらしいよぉ」
なんかしゃべり方まで幼い。見た目だけでなくどうやら中身は若返っているらしい。
ミユはミニママの助言を受けて考えた。
ハチは黒いものに反応する。これはすでに実証された科学的根拠のあることだ。みんなもハチのいそうな場所では、黒いものを身につけないようにしよう。
って、今の状況じゃ絶対に役に立たない豆知識!
では今の状況に対処する方法とは?
ミユはすでにテンパっていた。
「ハチの天敵は……って、そもそも後ろのお姉さんたちはハチって前提でいいわけ? コスプレしてるだけ、それとも蜂女なの、ジョーカーの怪人ってことでオッケー!?」
こんな調子じゃ良い考えなんて浮かびそうもない。とりあえず頭でも冷やすべきだろう。
そんなときちょうど、空から雨が降ってきた。これで頭が冷やせるもんだぜ。なんて生やさしい雨じゃなかった。
ど・しゃ・ぶ・り!
Go・Go・豪雨!!
これはピンチだ。なにがピンチって、シャツが透けてブラ見えてしまうではないか。とくに夏服の女子学生が危ない。
しかし、ピンチとは一変してチャンスとなるものだ。
ハチのコスプレをした女たちが逃げていく。
「大変よ、雨に濡れたら飛べなくなってしまうわ!」
あの羽って飛べるのかっ!
ただのコスプレじゃないっぽいぞ。
そんなわけでハチの大群からは逃げ切ったミユだったが、改めて状況を確認してみると――。
幼女になっちゃったママ。
叫ぶミユ。
「あ゛〜っ、ママが、ママが子供になっちゃった!」
大問題だ。
「もしもこのままママが元に戻らなかったら……あたしってば未婚の母!?」
すでにミユの中では、ミニママを育てるビジョンができあがっていた。
「公園デビューもういいのか……入学、入園!? お受験させて良い学校に入れなきゃいけないの!? でもあたしも別にふつーの学校だったし、お金とかかかりそうだし。てゆか、献立とか考えられないし!」
混乱しすぎ。
幼女がまん丸の瞳でミユを見つめる。
「ミユ寒い」
「え?」
「寒いよぉ、お風邪ひいちゃう」
「ええええ〜っ!」
たしかに一理ある。
こんな土砂降りの雨の中にいたら、ミユだって風邪を引いてしまう。しかも夜。
ミユはミニママを抱きかかえて走り出した。
走るミユ。
Q.どこを?
A.繁華街を。
バスタオル姿の幼女を抱きかかえて走る若い女の子。
絶対に不審人物として見られてる!
でもそんな人目なんてカマってられない。今は一刻を争う事態なのだ。しかもそれに拍車を掛けるミニママの爆弾発言。
「ミユおしっこ」
もちろんミユ=おしっこというわけではない。
おしっこが漏れそうだという緊急事態ってわけだ。
「えええええ〜ッ!」
ミユパニック。
大丈夫、慌ててはいけない。
そうだ!
「雨の中だから漏らしてもオッケー! んなわけあるかー!」
ミユはセルフツッコミをした。
そんなプールの中でおしっこしてもバレない的なノリが通用するわけがない。そもそもプールでもそんなことするな。もちろんお風呂でもダメだ。
ミニママぷるぷるっと体を震わせた。
じょぼじょぼじょぼ〜。
ミユの体を温めてくれる……何か。
なんだか温かい液体が服に染みこんできているような気がするよ。
あはは、きっと気のせいだよね。
「気のせいなんかじゃなーい! ああああっ、ダメ、漏らしちゃダメ!」
今さらミユにダメと言われても、後の祭りだ。
至福の表情をしているミニママ。
凍り付くミユ。
おしっこは温かいのに、都会の雨は冷たかった。
どうにか自宅まで帰ってきたミユ。
とりあえずミニママにTシャツを着せて、まるでワンピースみたいな感じにさせて、自分も着替えを済ませて今後の対策を練る。
まずは、掃除洗濯……の前に、ミニママをどうにかしなければ。まだ主婦になると決まったわけじゃない。ミニママがミユママに戻れば万事解決だ。
ミユひとりでは解決でない問題も、誰かに相談すればどーにかなるかもしれない。
相談する相手と言ったら、あのメガネのフィギュアオタクしかないわけだが、本当に相談を持ちかけていいものか?
でも、事件はジョーカーがらみなわけだし、性格に問題があってもとりあえず天才であることは間違いない。
ミユはとりあえずケータイからアインに電話をかけてみることにした。
プルルルルル♪
コール音が響く。
でも、出ない。
しばらくすると留守番電話サービスに繋がってしまった。
「ああああーっもぉ! なんで出ないの!」
普段から部屋に引きこもってるクセに電話に出ないなんて、きっと居留守に違いない。そう思うとミユに怒りはふつふつと沸騰する。
こうなったら直接アインのところに行くしかない。
と思っていた矢先、ピンポーンと家のチャイムが鳴った。
「こんなときに誰?」
ミユは駆け足で玄関に向かい、ドアスコープから外を確認した。
そこに立っていたのは、レインコートを着た見知らぬ女性の大群。
嫌な予感がする。
ミユがドアを開けるかどうか迷ってると、女たちは玄関を離れ庭などに散り始めた。家の周りを占拠された。
状況から考えてジョーカーの関係者だろう。そもそも今まで来なかったことが奇跡に近い。正確にはハサミ男(仮名)が家の中まで入ってきてるけど。
前回の戦いでは学校に教師のフリして変装名人(仮名)がやって来た。
もうミユには私生活なんてないのだ。
作品名:科学少女プリティミュー 作家名:秋月あきら(秋月瑛)