科学少女プリティミュー
第6話_カメ・レオンだよプリティミュー!
マラソンブームに乗っかって、ミユも美容と健康のために早朝マラソン。
「遅刻するーっ!」
口に食パン(ノートースト)を挟みながら、ミユは家を飛び出した。シチュエーションは王道ヒロインだが、見た目も本人も必死すぎ。
なかなか飲み込めない食パン。
そこでミユは食パンを手で丸めて口の中に押し込んだ。女の子が決してやってはいけない食べ方だ。というか男の子もやってはいけない。
「ううっ!」
喉に詰まった。汚い食べ方をするから天罰が下ったのだ。
「うぇ〜っ!」
ミユは電信柱の陰に吐露した。ヒロイン資格剥奪寸前だ。
たっぷり額に掻いた汗を手の甲で拭うミユ。
「ふぅ〜スッキリ」
その表情はさわやかそのもの。この顔だけなら清純派ヒロインだ。
過去をバッサリ切り捨てて、なかったことにしてミユは再び走り出した。
「ったく、なんで朝からついてないし。ママが起こしてくれないのが悪いのよ……てゆか、昨日ママ帰って来なかったみたいだけど?」
ママが家に帰って来ないなんてはじめての出来事だった。しかも連絡なしで。
ミユの全身を不安の風が包み込んだ。
「まさか……」
そう、まさかジョーカーに連れ去られた?
もしそうだったら、一刻も早くママを救わなくては!
「でも遅刻するーっ!」
もしもの心配より、目先の心配のほうが切実だった。
爆走していたミユの足が急ブレーキを踏んだ。
道が分かれている。
「こっちが近道なんだけど……」
ラブホ街なんですよね!
できれば通りたくはないが、今は非常事態で背に腹を変えられない。
ミユはラブホ街に突っ込んだ。
路には誰もいない。今のうちに突っ切れ!
ミユの瞳に映る人影。2人組の男女がラブホから出てくるのを発見。
しかも、なんとそれは……!?
「マッ……」
言いかけてミユは自分の口を両手で塞いだ。
急いで物陰に隠れるミユ。そして、そーっとラブホから出てきた男女を凝視した。
どう見てもあれは自分のママ。しかも、腕組みをしている男のほうは――ワトソン君でした!
まさかワトソン君ったら大人の階段登っちゃったのかっ!?
顔面蒼白で息絶え絶えのミユ。眼なんか墜ちそうなくらい見開かれている。
まさかの光景は恐怖体験にも似た感情をミユの心に宿した。
男女の陰が朝の街に消えていく。
怖すぎてミユはストーキングすることができなかった。
それよりもミユの頭の中では、目くるめく妄想で大変のことになっていた。
もしもパパとママが離婚したらどっちについていくか!
これは重要な問題だ。
経済力のあるが家事ができないパパか、それとも家事も完璧オプションで新しいパパが付いてくるママか……。
ミユはゾッとしてその場に立っていることも困難だった。
orzポーズで絶望を背負った。
新しいパパってつまりワトソン君だろ。ワトソン君をパパって呼べっていうのか。死んでもできない。
「ありえない……ありえない……」
今日1日分の水分を全部冷や汗で流してしまった。アスファルトに水たまりができてしまった。
なんとしても二人を破局させなくてはならない!
ママとワトソン君を近づけてはならない!
学校になんか行ってる場合じゃない!
そうだ、二人を早く追わなくては……。
「……見失ったぁ〜;」
今すぐ探すか、それとも……?
「よし、あたしは何も見てない!」
現実逃避だった。
が、一つの大きな現実を忘れると、小さな現実が顔を出す。
「あーっ遅刻!!」
ミユは無我夢中で爆走した。悪い夢を忘れるために。
キンコーンカーンコーン♪
教室のドアに飛び込んだミユ。
そのジャンプ力は10万馬力。
教室を越えて、開いていた窓から――落ちた。
一瞬にして生徒たちが凍り付き、ハッと我に返って窓の外を覗き込んだ。
ここは3階だ。足から落ちれば骨折で済むかもしれないが、ミユのジャンピングポーズはウ○トラマン風。あれは絶対に腹から地面に激突している。
クラスメートのみならず、下の教室にいた生徒たちも窓の下を覗いていた。
地面で大の字になっているミユ。ピクリとも動かない。
まさか死んだ……じゃなくって機能停止!?
じゃなかった。
「……背中に突き刺さる視線を感じる……ここで立ち上がったら……」
立つに立てない状態なだけだった。
いつの間にか騒ぎは大きくなり。
学校中の生徒が窓から顔を出している。
ミユはうつぶせになったまま動けない。
いっそのこと救急車で運ばれるのもいいが、病院で人間じゃないことがバレてしまう。というか、救急車の中で無傷なのがバレる。
意を決してミユは勢いよく立ち上がった。
「うわっ、奇跡だわ! 3階から落ちたのに無傷なんて奇跡だわ!!」
自作自演。
こんなしょうもない言い訳しか思いつかなかった。
なんかもうどーとでもなれって感じだった。
すでにミユは生徒から変な目で見られている。
バレーボールで殺人サーブを放ってしまったことにはじまり、イス・机・掃除用具・壁なんていくつ壊したか覚えていない。
それでもミユのことを深く追求する者はいなかった。陰でどんなことを言われているかわからないが。
もしかしたら恐れられていて、その話題に触れないだけかもしれない。
とにかく、ミユの周りからは友達がドンドンどん引きしていった。というのも最初の頃で、最近はなぜかまた友達が増えはじめた。それもよく男子生徒に声をかけられるようになった。
ミユは何事もなかったように制服に付いた砂を払い、何事のなかったように教室に帰った。
教室に入ると、クラスメートは何事もなかったようにしていた。というより、明らかにミユと目を合わせないようにしていた。
ミユは今すぐ泣きたい気分だった。
でも、それを抑えて机で寝たふりをして腕の中に顔を埋めた。
すべてあのインチキ科学者のせいだ。実力はインチキではないが、やることがインチキだ。
そもそも正義のためにジョーカーと戦っているのではなく、世界に1つのレアフィギュアが欲しいって……なんだよその動機。
ミユは自分の人生が末期だと感じた。
最近の趣味と言えば、行き着くとこまで行き着いて、預金通帳に印刷された数字を数えること。数えている間は顔がニヤニヤするが、数え終わるとなんとも虚しい気分になる。
しかもお金の使い道がないのが最悪だった。
はじめのころは豪遊したものだが、だんだんと自分の置かれている状況に悲観してくると、お金なんかもっていてどうするんだと。
昨日なんかはついにジョーカーの魔の手が私生活にまで。自宅にジョーカーが現れるなんて。いつまたジョーカーが家族を狙うかわからない。
この学校にだって、パパの職場だって、どこにだってジョーカーが現れるかもしれない。
嗚呼、サイテーだ。
引っ越ししてどうにかなる問題だろうか?
そんなことしてもきっと無駄だろう。
ジョーカーと戦いませんと誓約書をジョーカー本部に郵送すれば平気だろうか?
でも戦い意志がミユになくても、どっかの誰かさんが起爆スイッチを握っている限り、いつまでも下僕を続けなくてはいない。
なら、いっそのことどっかの眼鏡を殺るか?
作品名:科学少女プリティミュー 作家名:秋月あきら(秋月瑛)