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なつきすい
なつきすい
novelistID. 23066
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スターチャンネル2034

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「NASAからの連絡……じゃなくて、緊急事態になったら解禁されるファイルに、書いてあったんだ。俺の送ったレポートは、まだ地球に届いてすらいないよ。信じられなかった。なにかの冗談かと思った。証拠が――それが冗談だっていうのがさ――欲しくて、さっき、いろんな機器のログをチェックしたんだ。冷凍睡眠装置も、自動航行も、それから、スターチャンネルの通信記録も。地球から高密度のデータ通信ができる距離にいる限り、番組は受信され続けたんだよ。あと十年分以上はあるかな。俺たちが見てたのは、それなんだ。あれは暇潰しだったりホームシックだったりを防ぐ目的のためのものだけど、俺達が五年しか眠ってなかったと信じさせるのにも使われていたんだ。……俺が暇そうにしてるの、知ってるだろ? 多分、ジェイが思っているよりずっと、自動航行は優秀で、基本的には人間がチェックすることにはなってるけど、一度目的地とルートを決めてしまえば、ほとんどシップが勝手にやってくれるんだ。外敵に襲撃されたりしたら、さすがに人間がいないとダメだけど、デブリぐらいなら、自動判定で避けてくれるし。一応普通の運航規定だと、念のため人間が一人以上監視することになってるけど、みんなの睡眠記録を見る限り、ほとんどの時期は皆眠って、自動運航にまかせっきりにしてたみたいだ。これが、運航記録とプログラム、スターチャンネルのシステム、冷凍睡眠装置の解析によって証明された、俺たちの置かれている状況だよ」
 俺を睨みつけるようにして一息に、やけに早口で言い切った後、ぼそりと、口から零れた言葉は「ひとつも、気づかなかった」だった。そして、ぽかんと口を開け、大きく息が零れた。視線はふらふらとあてどなくさ迷い、まるで魂が抜けてしまったかのようだった。
 エルの言葉の意味が、少しずつ、少しずつ、脳の中で像を結んでいく。けれど、それがどこか感情と切り離されているようで、理解はできても実感にはならなかった。
「……お前が、知らされなかったのはどうしてだ」
 最後の違和感を、俺は問うた。限りなく一般人であるところの俺はともかく、エルまで知らないのはおかしい。しかしエルはぼんやりと、ぺたりと膝を床についたままだった。
「そんなの、わかるか」
 そう言って、首を振った。
 俺に気づかせないためだろうか。それとも、エルがとても若い宇宙飛行士であることが理由だろうか。俺は考える。答えは出ない。けれど、エルはもう思考することを放棄しているようだった。
「これから、どうするんだ?」
 とりあえず、自動航行がそれだけ優秀ならば、指定された目的地へ行き、指示通り地質調査を行ってから戻ることも(そしてわざわざ俺が起こされたということは、それはもう間近のはずだ)、地球に帰る事もできるのだろう。あまり気は乗らないが例の冷凍睡眠装置に入れば、年を取ることもなく。
 ただ、片道百年の道程だ。行って帰って、二百年。どれだけ、変わっているだろうか。少なくとも、知っている人はひとりも生きてはいないだろう。故郷も、あるかどうか。
「調査して、自動航行で帰って来いって。本当は何年かに一度交代で機械の調整しろって書いてあったけど、交代要員いないし、まかせっきりでいいよ、もう」
 どうせ、帰れなくても同じだし。その言葉を、俺の耳は確かに拾った。こんな状況での、ほぼ独り言に近い台詞でさえ、母国語でないはずの言葉で口にするあたりで、虚ろな目をしていてもなおエルはエリートだった。
 その日から、エルはほとんど自室から出てこなくなった。
 丸一日姿を見ない日もざらだった。ちゃんと生きているかどうか心配で様子を見に行くと、エルはじっとテレビに見入っていた。日本語のアニメがやっていた。今更二百年も前の母国の倫理基準に従う必要はないから、設定を書き換えたのだとエルは言った。それでも、時間設定はかなり厳重な侵入防止策がとられていて、相変わらず2066年までの番組データしか読み出せないとぼやく。何度様子を見に行っても、同じだった。一応、まったく食事を摂っていないわけではなさそうだったが、日に日に弱っているのは明らかだった。おそらく、トレーニングもろくにしていないのだろう。
 部屋に戻ると、モニタと接続されたスターチャンネルの本体が、ういいんと重低音を発していた。妙にイライラして、俺は電源を落とした。95年も前の野球の結果に、今更興味などなかった。空調の音以外、なにも聞こえなくなった。
 今もシップは自動航行で、調査を行うべき惑星へと向かっている。故障か、エラーかミスか、或いはエルが設定を弄っていなければ。機械の調整や現状の確認など何一つ出来ない俺を無駄に起こして酸素や食料を浪費させる必要があるとは思えないので、当初告げられた予定通り、あと三週間程度で目的地には着くだろう。百年前までの知識と機材しかない状態で調査を行うのは効率は悪いが、それでもきっと持ち帰ったサンプルは貴重なものであるに違いない。何しろ、往復二百年かけないと持って来れないものだ。俺が気持ちよく眠っている間にどれだけ地球の地質学が進歩していたとしても―或いは、地質学なんか存在しなくなっていたとしても―、少なくとも今から行く場所で地質調査を行った人はいないのだ。
 正直、それだけが救いのような気はした。そうでも思っていなければやってられなかった。
 それから更に数日が経った。食料の減りが鈍っていることにふと気づいた。そういえばここ三日間、エルの姿を見ていなかった。
 俺は部屋を飛び出した。エルの部屋の扉の開閉ボタンを押す。鍵はかかっていなかった。
 静かではなかった。雑多な音が、重力のない狭い部屋に満ちていた。空調の音、テレビの音、スターチャンネルの稼動音、それから、人の声と足音。
 俺は、立ち尽くした。とはいえ、重力がないので身体は地につかず、ゆらゆらと流されてはいたが。
 そこにいたのは、エルだけではなかった。二人の見知らぬ男だ。ひとりがやつれたエルの脈を取り、点滴の用意をしていた。
 一体、誰だ。どこに潜んでいた。外部からの侵入はありえないはずだ。出そうとした声が喉に詰まって出なかった。どういうことなんだ。
 何も言えずにいるうち、俺はそのうちのひとりに見覚えがあることに気づいた。エルの手当てをしているほうの男だ。乗船時に会った、医師の男だった。それから直ぐに俺は冷凍睡眠に入ったから、シップの中で会うのは実質これが初めてだった。だとすればもう一人の男も、覚えていないだけで、あの時に会った人物のうちのひとりかもしれないと思った。そうならば、納得が行く。外部からの侵入者はありえなくとも、少なくともあの医師は乗船しているのをこの目で見ている。
 だが、この男は死んだのではなかったか? 冷凍睡眠装置の事故で。少なくとも、エルはそう言っていた。俺達以外のクルーは全員、死んだのだと。
 だが、間違いなくこの男の顔は俺の記憶の中にあるあの医師の顔と同じだった。現在行っている作業から考えても、職業も恐らく同じだ。仮に能力も容姿も、宇宙での職務に憧れるパーソナリティまでよく似た双子の弟がいたとしても、ここにいるわけがない。