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なつきすい
なつきすい
novelistID. 23066
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スターチャンネル2034

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 壊れてしまったとはいえ重大な機械がたくさんあるためか、それとも冷凍睡眠という装置の特性ゆえか、室内はひんやりと冷え切っていて、自動ドアを開けて足を踏み入れると、ぞくりと寒気が背筋を走り抜けた。部屋の中心部に五台並んだ機械仕掛けの柩のうち、三つには遺体が収まってる。残りの二台は俺たちのために空いていて、五年間時間を持て余すとしても、あまり入りたくはない。往路は何の不安もなくこれで熟睡していたのだが、さすがにこんなところでこれだけの事故が起きてしまった今、実感としては一瞬で地球に戻れるのだとしても、五年間だらだらと無駄にテレビを観ているほうがましだ。
 いくらほとんど知人であるという感覚がないとはいえ、三人の死体が安置されている場所にいるのは、あまり気味のいいものではなかった。他人の死を見たことはほとんどない。ましてや、不慮の事故によるものなど。
 正直言って一刻も早くこの空間から出たかったが、エルは管理システムを開くと、画面とにらみ合いを始めた。何をしているのかはよくわからない。ただ、少しずつ少しずつ、ただでさえ青白かった顔からますます生気が失われていくのだけは、わかった。かちゃかちゃという、キーを叩く音ばかりがやたらと耳についた。
 どれぐらい時間が経ったのか。まるでぴんと来ないまま、ただ、エルの様子を見ていた。やがて、キーボードを叩く指が止まった。
 ぐぉんぐぉん、という壊れた冷凍睡眠装置の立てる重低音と、コンピュータを立ち上げている時独特のきぃぃん、という耳鳴りに似た音だけが、室内に響いた。自分の呼吸の音さえも聞こえるようだった。
 ここは宇宙空間なのだ、と、唐突に意識した。それまでそんなことを思ったことは一度もなかったのに。ひたすら静謐で、冷たくて、どうにもならない世界。生身の人間の手の届かない世界。途端に、心臓の鼓動が速まるのを感じた。自分たち以外の三人の死を知らされたときですら覚えたことのない恐怖だった。
 帰りたい。一日も、一秒でも早く、地球へ。怖かった。自分がまったく理解できない場所にいることが、何が起きているのかすらわからないことが。そして、自分の力では、元の場所に戻れないことが。
 特に会いたい人がいるわけでもなかった。家族もない。それでも、ここよりはましなはずだ。こんなにも、なにひとつ自分ではどうにもならないところよりは。
 エルは何をしているのだろう。NASAの指示とはなんだったのだろうか。クルーが三人も死んだのだ。帰って来いと言われるか、それとも折角こんなところまで来たのだから調査を遂行してこいと言われるか。何を言われようと指示に従うしかない。俺が帰るためにできることは、なにもないのだから。
 エルの言葉を待った。一体どういうことになるのかを示してくれるのを。けれど、いつまで経ってもそれは与えられなかった。ただただ、機械の重い音が鼓膜を不快に揺らしていて、静かだった。
「どうなってるんだ」
 耐え切れなくて、俺は声を掛けた。返事はなかった。「エル」、と呼びかける声が上ずっているのが自分でもわかった。もう一度、名前を呼んだ。
 ゆっくりと、ふらふらと、エルは振り返った。聞こえてはいたみたいだった。けれど、表情を読み取ることができなかった。
「だまされた」
 エルはそう、搾り出すように口にすると、がたりと膝を落とした。重要な機器が多く存在するこの部屋は、他の部屋よりは人工的に地球に近い重力が保たれていた。
「騙された?」
 小さく頷いた。聞き間違いではないようだった。エルは顔を上げた。
「なぁ、ジェイ、お前にとって、今日はいつだ?」
「いつ?」
 質問の意味がわからなくて聞き返す。What is the date today for you?、だと? そんな文章聞いたこともない。エルの母語が英語でないこととは恐らく関係はない。どこの言語圏にだって、こんな疑問文は存在しないだろう。誰にとっても、今日、は同じのはずだ。
時差とか使っている暦の問題を抜きにすればだが。このシップは、グリニッジ標準時に従っている。
「お前は今日を、西暦何年の、何月何日だと思ってる?」
 質問の意図がつかめないが、何を言っているかは理解できた。俺は時計を見て、答えた。
「2066年8月30日、月曜日。時間が必要なら午前11時29分」
「俺もそうだった。曜日は忘れてたし、時間、ちょっとずれてるけど」
 だとすれば多分俺の時計が間違っているのだろう。俺には一分一秒を争うような仕事はなかったから。
 けれど、それ以上に耳に引っ掛かったのは、「そうだった」という言葉だった。過去形だった。エルは極めて優秀だ。母語ではない英語であっても、文法的に間違えたところを聞いたことがないし、むしろ母語ではないだけに、俺よりも遥かに文法に忠実だった。アニメと漫画で覚えたという日本語は、少々怪しかったが。
 アナウンサーの話すお手本のような文法で、エルは、こう言った。それは全くもって、お手本とは言い難い、意味の通らない言葉だった。少なくとも、俺はその意味を直ぐに理解することができなかった。
「本当の『いま』は、2161年だよ」
 本当の「いま」。それ自体の意味がわからない。2161年という年号の指し示す意味も。多分俺は相当間抜けな顔かなにかで、エルを見ているのだろう。エルは、ゆっくりと、震えた声で続けた。
「俺たちは騙されていたんだ。俺たちが眠っていたのは五年じゃない。百年だったんだよ。これは太陽系の外に出る探査計画だったんだ。俺も、お前も、身寄りもなくて、プロジェクトに必要な技能や資格を持ってる人材だったから、うってつけだったんだろう」
「なんだよ、それ」
 その言葉の意味が、まるで飲み込めなかった。
 百年。人の一生分の時間だ。そんな時間を眠っていた? 嘘だろう。歯ががちがちと鳴っているのに気づいた。
「普通、往復二百年地球に帰れませんなんて計画だったら、誰もやりたがらないだろ。太陽系の外とか人類未踏の世界、とかにロマンを感じる宇宙飛行士とか冒険家の類なら別かもしれないけれどね。家族や周囲も反対するだろうし。研究員を、どこぞの有名教授とかじゃなくてポスドクから募ったのも、そういうことだったんだ。十年は帰れない、という条件を提示したのはきっと、今進行中で手放せない研究がある人や、家族持ちや恋人のいる人が応募してこないようにするためだ」
 そして、一瞬息をついてから、「きっと俺以外の三人は初めから知ってたんだと思う」と口にした。「冷凍睡眠装置の自動タイマーのログを見る限りは」
 あまりにも、突飛な想像に思えた。エルの言葉に現実感がない。なんとか矛盾点を探そうと、頭が勝手に回りだす。
「お前もずっと寝てたんだろ。残りの三人でどうやって百年を回してたんだよ。それに、さっきだって地球からすぐ返事が来ただろう。……そうだ、テレビだって、」
 テレビをつければ、2066年の番組がやっていた。内容だって、毎日ちゃんと更新されて。エルは、首を振った。
「確かにあれは、2066年の番組だよ」
「だろ」
「95年前に地球から送信されて、シップの中に保存されてた、ね」
 動けなかった。何も、言えなくなった。嘘だろう。