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狼の騎士

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第一章「ベレンズへ」【3】


 やや音が気になる急な階段を上がりきると、突き当りから左右に伸びた廊下があり、それをはさむように扉が等間隔に並んでいた。先頭を歩いていた使用人はその廊下を左に折れ、数歩進んだところで足を止め、手にしていた鍵を左側にあった戸の鍵穴にさし込む。こもった金属音を立てて錠が外れたのを確認すると、使用人はその鍵をリエッタに手渡した。
「こちらと、この隣のお部屋がお客様がお取りになった二部屋でございます。どちらをお譲りするかは、お客様が決めてくださってかまいません」
「間取りは大差ないのですか?」
「ええ、同じ造りになっております」
「そうか。ではゼレセアン君」
 一、二歩程度離れていたゼルに、リエッタは向き直った。ゼルはといえば、普段どおりちょうどよく力の抜けていた体に、また力を入れなおして返事をしようとしたところだった。しかし使うべき口にまで無駄な力を込めてしまい、舌がこわばって言葉を発することはできなかった。ゼルに肩を並べているデュレイは、今力強く押したらそのままの姿勢で、丸太のように倒れてしまうのではないかと思うほど、ゼルには一本の棒に見えていた。
「この隣の部屋を、あなた達にお譲りしましょう」
「あ、ありがとうございます、リエッタ卿」
「ありがとうございます!」
 聞こえなくては失礼だと思ったのか、デュレイの感謝の言葉は、その場にいた人が全員目を丸くするくらい大きかった。たくさんの目が自分に向けられていることに気づいたデュレイはすぐさま下を向いたが、その顔が真っ赤になっていたのまでは隠し通せなかったらしい。くすりと微かに笑ったリエッタは、今しがた鍵を開けてもらった部屋の扉を開けた。
「お客様方、夕食と朝食なのですが、この混雑ですのでお部屋にお運びすることになりますが、よろしいですか?」
 部屋に踏み入ろうとするリエッタの足を止めたのは、少々早口の男の声だった。
「ああ、もちろんですよ。それとわたしどものほうは、朝食はいりませんので」
「お出かけが早いのですか?」
「ええ、日が昇る頃に出る予定なもので」
「そうですか、ではその頃に馬を出せるよう、手配しておきます」
「それは有難いですね」
「どちらとも寝台は一つしかありませんので、簡易のものですがすぐ寝具をお持ちいたします」
 使用人はそう告げ、四人が承諾したのを見回すと、ゼルに鍵を渡した。そのあいだ部屋に入ったリエッタは、扉の取っ手に手をかけていた。
「ではお二人とも、ゆっくり休まられてください」
「お気遣い感謝します、リエッタ卿。あなた方もどうぞごゆっくりと」
 いかにも貴族らしい、しかし自分にはもったいなさ過ぎると感じるほどに慇懃なリエッタの礼の奥で、先に部屋に通されていた連れの男が小さく頭を下げている。それを見届けて、ゼルは深々と頭を垂れた。静かに閉じられた扉の音を聞いて、ゼルは大きく息を吐いた。
「すごいな、ゼル。ぼくなんかがちがちになっちゃって、話すどころじゃなかったよ。しかもついさっきなんか……」
 友人の声に振り向けば、先ほどの失態を思い出したのか、また頬を赤く染めているデュレイがいた。
「ぼくだってずっと緊張しっぱなしだったよ。まさか宿で貴族に会うなんてね」
 階下に向かった使用人に軽く会釈をして部屋に入りながら、ゼルはだんだんと平静さを取り戻していた。
「まったくだめだな、こんなに固くなっちゃ、べレンズにいるうちの半分を気絶して過ごしたなんてことになりかねない」
「心配しすぎだよ、デュレイ。ほら、今は息抜きしようじゃないか」
 寝台が一つしかないということは、一人部屋なのだろう。しかし二人が通されたのは、一人用には十分過ぎる広い部屋だった。さすがに寝床をもう一つとなれば無理があるが、戸棚や鏡が備えられており、入り口からまっすぐ見える窓の下に、整えられた寝台があった。
「ゼル、風呂もなかなかだよ。早めにお湯も用意してもらう?」
 ひとまず床に荷物を置いたゼルに、一足先に浴室を覗きこんでいたデュレイが呼びかけた。
「気が早いなあ、デュレイは。先に夕食のほうが来ちゃうんじゃないか? それともなんだい、デュレイは風呂好きなのかい?」
「いや、そこまでってわけじゃないけど。ついいろいろ気になっちゃうんだ」
 部屋のほぼ中央にあるテーブルと椅子は、一階でゼル達が休んだものとよく似ていたが、やや小さかった。デュレイはその椅子に外套を引っかけ、寝台に腰を下ろして部屋を見渡していたゼルに視線を移した。
「でもよかったね、無事泊まれて」
「本当にね。もしかしたら、あの人達もべレンズに行くのかもしれない。明日はずいぶん早くここを出るみたいだからあいさつはできないだろうけど、もし向こうで会ったら改めてお礼を言わなくちゃね」
「今度はぼくもしっかりしなきゃな。ところでゼル」
 大きく頷いたデュレイは、椅子に座りながら話題を切り替えた。
「なんだい?」
「そのベッドなんだけど、きみが使っていいぜ」
「えっ? い、いいよぼくは。宿の人が持ってくるって言ってたやつでいいよ」
「そう言うなよ、きみはぼくを助けてくれた人なんだ。寝る場所くらいいいほうを使ってほしいんだよ」
 布団の中に強いばねでも仕込んであったかのように、ゼルは一瞬で腰を浮かせていた。それを見たデュレイは立ち上がり、もう一つの椅子にかけようとしたゼルのそばに歩み寄った。
「でも、それを言ったらきみだって溺れかけた身だ。意外と体が疲れてるかもしれないし」
「ぼくを抱えたきみが言う台詞じゃないだろ」
 半ば呆れたように返され、ゼルがまたそれに反論しようとした時、控えめながらもはっきりと戸が叩かれた。
「お待たせいたしました、お客様。寝具をお持ちしました」
 そういうわけで、寝床の譲り合いはしばし延期されることになった。


 備え付けのものよりも二回りほど小さい布団が部屋の片隅に設置された頃、入れ替わるように夕食が運ばれてきた。本来ならば一人分の食器が悠々と広げられる卓も、さすがにもう一人分ともなると窮屈そうに見えた。しばらくは使用人が一人二階に待機しているので、用があれば言いつけてほしいと給仕係が残して去っていったところで、二人は向かい合って席につき、食事を始めた。
「ぜう、ほの、いみはさ」
「……ごめんデュレイ、何言ってるんだい……?」
 口に放り込んだばかりの肉を飲み込まないうちから喋ったため、デュレイの言葉はゼルでなくても理解することは不可能だったに違いない。小さく「ごめん」と手を振ってから、デュレイは下を向き、肩を上下させて食べ物を腹に押し込んだ。
「ふう、すまない。そのさ、ぼくらはこれから兵役に就くわけだけど、きみはこの貴族の下で働きたいって希望はあるのかい?」
「いや、特に思ったことはないな。でも誰の指導になるかは、試験で決められるって聞いてたんだけど」
「うん、まあそうなんだけどね。誰か憧れてる人でもいるのかなと思って」
 今度はサラダを平らげようとしている友を眺めながら、ゼルはふうんと相づちを打った。
「ありゃ、あっさりしてるなあ。実はあんまり乗り気じゃないとか?」
作品名:狼の騎士 作家名:透水