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狼の騎士

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第一章「ベレンズへ」【2】


 川を越えてすぐに広がる森は、ウォレトの森という立派な名前があったが、それよりも有名になってしまった異名を持っていた。『夜の森』と聞けば、行ったことがない者であっても、それがべレンズの南にあるあの森のことだとわかってしまうのである。
『夜の森』と呼ばれるようになったのは、太陽の光が差し込む隙間もなく、うっそうとしていて、昼間でも夜闇が森を覆いつくしているように見えるからであった。きっと通ったら山賊に襲われるに違いないと、ウォレトから離れた場所にいる者ほど思い込む傾向が強かったのだ。
 しかし実際のところ、旅の者がこの森で襲われるということは滅多に起きなかった。確かに深い森であることは事実だが、街道となっている部分は切り拓かれている。月明かりでも、影が道に落ち、頭上には空が広がるのだ。道を通るだけならば、いたって安全な場所なのである。
 かと言って、別段目を止めるものがあるわけでもなく、歩いて通りたいと思うところではない。馬に乗る者ならばなおさら、走って通り抜けてしまうだろう。
 当初のまま一人であったなら、ゼルも早くこの森を抜けようと馬に拍車をかけていたはずである。しかし実際には、立派な栗色の馬はその腹を蹴られることはなく、ゆったりと歩を進めていた。その隣には同じ栗色の、しかしやや明るい毛並みを艶めかせた馬が並んでいた。そして馬上の人間は、少しばかり堕ちかけてきた陽光を浴びながら、話に花を咲かせていた。
「リクレアか、にぎやかなところだと聞いてるよ」
「なあに、これから向かうべレンズに比べたら、ぼくの町なんか取るに足らないさ」
「そんなこと言ったらデュレイ、ぼくの村はどうなるんだよ」
「いいじゃないか、小さい町ってのは憧れるよ。うるさくないし、何よりのんびりできるし」
「きみはそう思うのか。ぼくに言わせたら、のんびりしすぎて退屈なぐらいだよ」
 子どもが遊べってはしゃぐから、ずっとってわけじゃないけどね、と加えると、デュレイはさも楽しそうに笑った。
「子どもと遊ぶか、そりゃいいな」
「ぼくが出発する時も、みんな口を揃えて貴族みたい! って言うんだ」
「きみのことをか?」
「うん。小さい村だからね、本当の貴族なんて見たことないから、ぼくが王宮に行くためのこの服装ですら、貴族みたいに見えるんだろうね」
 確かに、ゼルとデュレイの身なりは、国王に仕える貴族に比べれば質素なものだった。襟付きのゆったりとした衣服を身に着けていたが、それを覆う厚手のベストは地味な色合いだし、凝った飾りもなければ刺繍もない。よく似ているものを挙げるなら、長靴と革の手袋ぐらいだろうが、貴族ならばきれいに磨き上げられているはずだろう。
「なるほど。剣も持ってるとなればなおさらだろうな」
「ぼくが戦争に行くんじゃないかって、心配してくれる子もいたな」
「いいなあ。おれなんか先生に“おまえは図体がでかいから心配ないだろう”なんて言われたぞ」
 いじけたように話すデュレイに、ゼルは思わず吹き出してしまった。
「そっか、学校とかもちゃんとあるんだよな。ウェールじゃ、叔父さんが先生みたいなもんか」
 ゼルの頭を、自分を送り出してくれた叔父の姿がよぎった。
「おじさん? きみのとこには、物知りな人がいるのかい?」
「うーん……そうだね、王宮がどんなところかとか、べレンズに行った時恥をかかないようにって、色々教えてくれたんだ。それに小さい頃から、ずっと剣術も習ってたし」
 途端に、ゼルを覗きこんでいたデュレイが、さらにまじまじと見つめてきた。
「なんだそりゃ、王宮に詳しくて剣まで教えてくれるなんて! よほどの実力者なんじゃないのか? その人」
「いや、叔父さんの兄弟がね。ぼくの父さんなんだけど、貴族までにはいかないものの、結構活躍してたらしいんだ。それで色々聞いてたんだって」
「へえ……。でもきみの言い方だとお父さんは……」
「うん、死んじゃってる。だいぶ前にね」
 ふっと影が落ちたデュレイの表情をかき消そうと、ゼルは気になどしてないと言うように笑いかけた。
「そう暗い顔をしないでくれよ、せっかく連れができたってのに」
「ああ、ごめんな……。嫌なこと聞いてしまったかと思って」
「大丈夫、もう慣れっこさ。それより今日の宿だけど、きみもメンクに泊まるのかい?」
「ああ。あそこまで行けば距離的に安心できるし」
「よし、じゃあ少し急ごうか。ちょっと話し込み過ぎたな、ここからあそこまでは結構かかるぞ」
 そうゼルが言った時には、森もその出口を現していた。ゼルが川に着くまでに見てきたものと同じ、畑や家々が点在するのどかな風景が広がっていたが、その先には二人が目指すメンクの町がある。
「この時期だから、ぼくらと同じくべレンズに行く人はだいぶ減ってると思うけど」
「だといいな。よし、競争がてら走ろうじゃないか、ゼル」
「うわ、なんか負けそうだな」
 ゼルには、デュレイの乗る馬がかなり立派なものに見えていたのである。デュレイのほうは、ゼルの呟きは聞こえていなかったようだった。それというのも、競争しようと言い出してすぐ、彼は馬を走らせにかかったからである。
「わ、ちょっと待ってくれよデュレイ!」
 待っていたとばかりに駆け出したデュレイの馬を、ゼルは慌てて追いかけていった。


 二人がメンクに着いた頃には、東の空は黒の如き青色に変わり、その反対側は沈みつつある太陽の色に染められていた。町の入り口である石造りの門を抜け、馬を降りた旅人達は最初に目に入った宿屋へ足を運んだ。いくつかの窓から、もう灯りがこぼれている。裏手にある馬小屋と宿とを往来していた宿の者をつかまえ、ゼルが宿泊したいという旨を伝えると、彼は困ったような顔になった。
「よわりましたね、もしかしたら満室になってるかもしれません。今日はとてもお客様が多いんですよ」
「そうなんですか? デュレイ、もしかしたら、ぼくらみたいに今べレンズに向かってる人が……」
「ええ、あなた方のような風情で、若い方ばかりですから。きっとほとんどが今年の徴兵で王都に行く方々でしょう」
 それでも彼は、亭主に様子を聞いてくると言い残し、宿の奥へ引っ込んでいった。代わりに現れた使用人が、椅子に掛けてお待ちくださいと二人を広間へ促した。もし泊まることができなければ意味はないが、馬を一時的に小屋へ入れてもらうこともできた。
「いや、まさかこんなにいるとはね」
 二人は一階の隅にある椅子に腰を掛け、宿の様子を眺めていた。広間と、宿の者がたたずむ奥をしきるカウンターは、確かにまだ手続きを済ませていないらしい若者でごった返していた。戸口を見れば、また新たな顔がいくつも覗く始末である。
「本当だよ。ちょっと甘かったのかな、ゼル」
「こんなに遅く出発する人が多いだなんて。のんびり屋はぼくみたいな田舎者で十分だよ」
「いや、意外と街のやつらの方が、こういうのを見くびってたのかもしれないぞ。おれみたいにさ」
 そう言って顔を綻ばせるデュレイに、ゼルもつられて口角を上げた。
「お客様、お待たせしました」
 最初に話しかけた男が、小走りで二人のいるテーブルに姿を見せた。
「真に申し訳ございません、やはりお部屋の方はすでに満室でございまして」
作品名:狼の騎士 作家名:透水