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狼の騎士

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「そ、そんなことはしないよ。ぼくらが追いかけたところで、力にはなれない。味方を呼んだほうが確実だ」
「それがあいつに知れたら、殺されるんだぞ」
 命が惜しければ見て見ぬふりをしろ。本気で殺しにかかってきた男は、そう言ったのだ。主に後をつけられることを防ぐためだったのだろうが、味方の加勢まで抑えてきた。人数が多いと、あいつらにとってはやっかいなのだ。
「あんなの出まかせだ。ぼくは陣営に戻って知らせてくる。だからゼル」
「ならなおさらだ。おれが追わなきゃ、あいつらがどこへ行ったかわからないじゃないか」
 ゼルは笑ってナイフを取り出し、エリオとジュセに見せた。
「おれが通ったところの木に、こいつで傷をつけていく。それを目印にたどって来てくれ」
「馬鹿な真似はやめろ! きみ一人でなんか行かせないぞ」
 怒りに等しい大声にも、ゼルはひるまなかった。
「いや、それは断るよ。エリオ、きみは陣営に戻って、ジュセには念のためにさっきの場所に行ってほしいんだ。もしかしたら生きてる人がいるかもしれない。きみの落とした札もあることだしね」
 それぞれの役割を告げられ、二人は困惑したようだった。
「大丈夫、追っかけるだけだよ。見つけても飛び出さないようにする。おれなら小さいから気付かれにくいだろ。髪はちょっと目立つかもしれないけど」
 ゼルは肩に落ちていた自分の髪をなでる。エリオが「そういう問題じゃ」と言いかけて、結局その言葉はしぼんでいった。
「……わかった。きみの言う通りにしよう。ジュセも大丈夫だよね」
「も、もちろん」
 ジュセも了解したのを見届けると、ゼルは身を返して、あの集団が向かったであろう方向を目指して緩やかな傾斜を駆け下りた。
「ゼル! 無茶はしないでくれよ!」
 姿が見えなくなる寸前のところで、ゼルは腕を伸ばし、大きく振って見せた。
 ぬかるみが幸いして、地面には先ほどの男の足跡らしきへこみが残っていた。通り過ぎる木の幹の皮を大きめに削りながら、人影を探す。いつどこから敵が出てきても応戦できるように、右手には剣を握ったままだ。
 どこまで行ったのだろう。人の声も気配もない。おかげで、なんともない風の音や鳥のさえずりに大きく反応してしまう。しかし、人の通った跡にもとれる痕跡は、まだ先へと続いている。土色ばかり凝視していて目まいを起こしそうだ。
 十何本目かもわからない木に短剣を突き立てたところで、ゼルはふと足を止めた。彼らを見つけられない不安から、露ほども浮かばなかった考えが導き出される。あの男は――フェルティアードは、本当に必要な男か?
 少なくとも同期の兵は、あいつを心から尊敬してはいない。ただ怖いから、当たり障りのない言動でやり過ごそうとしている。そのうえ、あいつ自身もおれ達に対しあの態度だ。いくら鍛錬に励もうと、労いの言葉はない。信頼も期待もされないから、おれ達も――
 ゼルの頭が跳ね上がった。誰かが同じことを言っていた。信頼も期待もしない……いや、できないと。あれは確かゲルベンス卿だ。フェルティアードの真意を聞いた時、彼はそう答えてくれた。
 だから、か? 何かわけがあるから、冷たく突き放すようでも仕方ないと?
(……同情? そんなもの、あいつにしてやるか!)
 力任せにつけた目印は、ここに来るまでのものよりもいびつな形に削られた。
(おれはおれにできることをするまでだ。おれ達が嫌な気分になってるからってだけで、ベレンズにいらない人間だと決め付けるのか? 何をふざけたことを考えてるんだ、ジュオール・ゼレセアン。このまま何もせずに逃げるなんて、そんなことをしでかすのは卑怯者だけだ!)
 強い風が真正面から吹きつけてくる。それはゼルの髪をなびかせ、離れた地のかすかな音を、彼の耳にそっと差し入れた。
「! 剣の音……?」
 ゼルは走り出した。次第に近づくその音だけを頼りに。もはや足跡などは眼中にない。そんなものよりも正確な証拠を掴んだのだ。
 右手側が徐々に開け、ゼルのいる場所がやや高くなっているのがわかった。身長の低い彼でも、樹木の根元が見下ろせる。崖のように切り立ってはいなかったが、直角に近い傾斜がかかっていた。
 その低い土地に、ゼルはきらりと輝くものを見つけた。一瞬迷ったが、安全な道を選んで回り込むには時間がかかる。細長いそれは剣であることはわかったので、誰の物なのか把握したかったゼルは、勢いに任せて滑り降りた。
「っと……わ、わ」
 途中、体重移動の加減をし損なったゼルは、引っ張られるように頭から平地に落ちてしまった。凄惨な叫びになるはずだった音は、苦悶の響きに取って代わられた。上手に一回転したといっても、耐え難い痛みにさいなまれることに違いはなかったのだ。土は乾いていたので、髪も顔も泥まみれになるのだけは避けられたようだ。
「いっ……てえ」
 頭部やひじをさすりながら、ゼルは立ち上がって剣のそばまで歩み寄った。複雑に入り組んだ装飾が、柄と刀身を隔てている。中央部には赤い石が灯っていた。どう見ても一兵士が持つには凝り過ぎている。ギレーノかフェルティアードしか、ここまで造形にこだわった剣は持てない。
 エリオはフェルティアードらしき人物を見た、と言っていたが、ギレーノまでは言及していなかった。そうなると、この剣はフェルティアードの? しかしこれでは、フェルティアードは今主要な武器を持っていないことになる。
 また金属音が聞こえた。近い。ゼルはためらわずに、美しいつるぎを空の鞘に差し込んだ。
作品名:狼の騎士 作家名:透水