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狼の騎士

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 こう言えば満足か、と心中で罵りながら目を伏せ、フェルティアードの手元だけを見ていた。
 再び沈黙が流れた。琥珀色の眼光が、碧色の瞳が泳ぐ顔がいつこちらを向くかと、睨め付けるように輝く。ゼルは当然それに気付かず、友の非礼を詫びてすぐにでも部屋を出るつもりだった。
「嘘をつくな」
 礼をしていたわけではなかったので、その声に呼応するかのように開いたゼルの目は、自然とフェルティアードの姿を映していた。
「言ったろう。わたしは心にもないことを言う輩は好かんと」
「そ、そんなことは」
「真意を馬鹿丁寧な話法に乗せるのが難しいか? なら好きなように話せ」
 好きなように、とは、まさか敬語を使わないで、という意味か? ゲルベンス卿じゃあるまいし、この大貴族相手にそう簡単に話し方は変えられない。
「あとから暴言を吐いたと罪に問われるのが怖いのか? それなら心配はいらん、わたしが許すと言っているのだ」
 いや、言っちゃいけない。そうやって、きっとおれの不逞な言動を何かしらの種にする気だ。こんな見え透いた罠に引っかかるものか。
「強情なやつだな。ではこう言ったらどうだ。次におまえが口にする言葉がいつもの丁寧過ぎるものだったら、わたしはそれを罪に問うぞ。わたしの命令に従わなかったとしてな」
 正直、呆れすら感じた。そこまでして本音を聞き出したいのか。
 見知った同期は、皆この大貴族を恐れていた。そのおかげで、本心を隠して接せられていることくらい、この大貴族もわかっていたんだろう。今のおれは、言いたくても言えなかった本音を告げる代表者みたいなもんだ。
 言いたいことを吐き出すにしても、辞退して部屋をあとにするにしても、何か一言述べなければならない。その一言がどんな内容であれ、フェルティアードの言う馬鹿丁寧な語法によるものだったら、それを咎めるというのだ。許すと宣言されていても、ゼルはまだ踏ん切りがつかなかった。
 確かに自分はこの貴族が好きじゃない。高圧的で、話もし辛い。でも、それと礼儀は別だ。
「そんなにわたしが怖いか。少しは見どころがあると思ったのだが、とんだ臆病者だったようだな」
 その声は容赦なく、重圧を伴ってゼルを突き刺してくる。だが同時に、踏み出させてもいた。フェルティアードがゼルに要求した、礼儀を捨て去る道へと。
 臆病者だと? 砕けた口調で話せないのがあんたにとって臆病だって言うんなら、おれはそんな人間じゃない。おれはあんたなんか怖くない。怖がってなどやるもんか。
「……じゃあ言わせてもらうけどな」
 かみ締めた歯の奥から、低い呟きが漏れ出る。意外にも罪悪感はなく、不快だった心の中のもやが、一緒に出て行くようだった。
「勝ち負けをはっきりさせるのに、デュレイが傷を受けるのを承諾したのはわかる。でも手術まで必要になるほど、あいつの言動があんたには癪にさわったのか? いくら決闘でも、兵として支障が出るまでの攻撃はご法度のはずだ」
 ぴくりと男の眉が動いたが、ゼルの勢いは止まらない。
「あんたぐらいの大貴族なら、兵を一人使い物にならなくしても、お咎めなんかないんだろうな。こうして何事もなく、予定通りに戦に出ようとしてるのがいい証拠だ」
 口元を覆い隠していた手が下ろされる。そこに浮かんでいた微笑に、ゼルは恐怖を感じることはなかった。あざ笑っている。そう思うと、怒りしか生じなかった。
 フェルティアードが席を立つ。不必要な物音を許さないその挙動に、ゼルはいら立ちを覚えた。思い切り失礼な態度で出れば、向こうがけしかけてきたとはいっても、怒る様子は見せるはず。普段の寡黙な貴族らしからぬ醜態を見てやる、とある意味期待をしていたのだが、完全に的を外していたようだ。大貴族は薄ら寒い笑みを乗せたまま歩み寄ってくる。
 怒っているのに間違いはない。しかしそれを行動にも表情にも出さないのだ。まったく、何枚上手かわかりゃしない。
 二歩分あるかないかの距離を残して、フェルティアードはゼルの真正面で止まった。あのゲルベンスには劣るといえど、彼も十分長身の域にいる。それに比べ、ゼルは同年代の中でも小柄なほうだ。ただでさえ見上げなければならないのに、こうも近いと首が痛くなる。だがそんなことも忘れて、ゼルは見下ろしてくる二つの目を睨み上げた。
「わたしは今までおまえのような若い輩に、飾らない自分の言葉で言いたいことを言ってみろと、幾度となく聞いてきた。だが皆わたしを恐れて、ありきたりなことばかり並べるのだ」
「そりゃそうだろうな」
 少し前なら、口に出さずに自分の中へ吐き捨てていた台詞が、簡単に外へ出ていく。
 フェルティアードはどこか楽しそうで、挑発のような笑みを絶やさず、
「ここまではっきりとわたしに意見したのは、おまえが初めてだ。ル・ウェール」
 改めて呼ばれる。初めこそ嫌気がさしたが、この男に姓か名を口にされるほうが、よっぽど嫌な気分だ。
「わたしが憎いか」
 憎い、か。デュレイの一件だけじゃない。あんたの見下すような話し方も、偉そうな態度も、全部。
「ああ、嫌いだよ。おれはあんたが嫌いだ。理由もなしに大怪我させたり、人のことを勝手に欲まみれのやつだと思い込んだりな!」
 途端に、フェルティアードが笑い出した。喉の奥に押し込めたような笑声は、彼がゼルから視線を逸らしたため、くぐもって空気の中へ溶けていく。ひとしきり笑ったのか、前を向いた彼の顔に不敵な笑みは跡形もなかった。ついさっき、淡々と戦について説明した時と似たつまらなさそうな、それでいて息苦しさを感じる眼差しが、ゼルのそれとぶつかり合う。
「それがお前の本心か。口だけは達者のようだな」
 何が口だけだ、と返そうとしたゼルは、フェルティアードの手が揺れたのを捉えた。まさか剣を抜く気じゃ。しかしそれが左手であることに気付いた時には、その手はゼルの顎を乱暴に持ち上げている。思わず閉じかけた目の先では、眉間にしわを寄せ、触れるのも厭うとでも言いたげに、赤色の散る金が待ち構えていた。
「臆せずに言ってのけた部分は褒めてやろう。だがどうせ貴様も、他人を心配するより己の保身が第一になる。金と名誉に溺れてな」
「誰がそんな強欲になんかなるもんか。言っただろ、おれはあんたが嫌いなんだ」
 顔を上向かせている手首を握り、振り払う。
「将来おれがそうなるとあんたが言うんだったら、おれは絶対にそんな奴にはならない」
 今度は胸倉でもつかみ上げられるかとも思ったが、やはり怒りに任せて手を出すことはしないようだ。かすかに頬が震えてはいたが。
 失礼、と言い捨て、振り返り視界からフェルティアードが消えるまで、ゼルは相手の目を凝視していた。
 おれは自分のためだけに貴族になりたいわけじゃない。早足に歩き戸を開け廊下に出たゼルは、その扉に目もくれず、部屋に背を向けた。結局、自力で閉まるには反動が足りなかったらしく、扉はフェルティアードに隙間を見せたまま、動かなくなった。
作品名:狼の騎士 作家名:透水