狼の騎士
外気にさらされた彼の額に、わずかにしわが寄ったように見えたのは、自分の手紙がずいぶんとしわくちゃになっていたからだろうか。思い過ごしだと信じたいが、もしそうでなかったら。顔が熱くなりそうなのを、ゼルは必死で押し留めた。
「……結構。では外套と剣をこちらに」
男の後ろには、壁に沿わせられた横長の机があった。手紙を手にしたまま、彼はゼルが最初に見つけた机へ歩いて行く。その背では、ゼルが最初に見たものではない、碧色の長い布がたなびいていた。
外套を脱ぎ、帯から剣を外して、音を立てないようそっと横たえてから、ゼルは目だけを先の貴族に向けた。腕をついて紙に何かを書き込んでいる様は、少し辛そうな体勢にも思える。よれた紙切れが、不安定な紙の塔に乗せられたところを見ると、あれはどうやら新兵に送られてきた手紙の束らしかった。
「では、ジュオール・ゼレセアン。これより、きみの配属を決定するための試験を行う」
顔を上げたかと思うと、男はそうまっすぐに言い放った。ゼルは反射的に「はい!」と叫んでいた。体もすっかり強張ってしまっている。これではデュレイのことをとやかく言うことなどできない。そんなゼルの心中を察したか、男は厳しい表情を和らげた。
「そう緊張しなくていい。これは技術の高い低いを見るものではない。稽古だと思ってもらってかまわん。ただし、出し惜しみはしないように」
堅固さが減った口調のおかげで、戒めが解かれたようになった体にとって、最後に添えられた一言は、適度に身を引き締めてくれるものだった。
再びそばまで来た男は、ゼルが外套と剣を置いた机の陰から、一本の剣を取り上げた。ゼルが持つものとよく似た、飾り気のない質素な、細身の剣。しかし、その刀身に鋭い輝きは見受けられない。
「使ってもらうのはこの剣だ。見ての通り稽古用のものだが、使い勝手はそう変わらない。本物よりも少し軽いかもしれないな」
言い終えると、男は剣の中ほどをつかみ、持ち手をゼルに向けて差し出してきた。腕を見られるものといっても、きっと些細な動作まで評価の対象になっているに違いない。右手で柄を握ると、男の手が剣から離れた。それを見計らって、ゼルは叔父に教えられていた通り、得物を胸の前に引き寄せ、一礼した。しっかりと目を伏せていたせいで、ゼルは男が満足そうに頷いたのを見ることはできなかった。
「では、試験官の正面に」
「はい」
踵を返し、中央へと歩を進める。足元を見ると、途中から床の色も壁と同じものになっていた。その領域に踏み入った時、ゼルの皮手袋はきつく剣を握り締めていた。