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狼の騎士

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第二章「王都の勇兵達」【2】


 エリオが去ってから、新兵を呼ぶ男と、新たに入って来る青年達は後を絶たなかった。そのため、一度に十人程部屋を出て行っても、この空間にいる人数はさして変わることはなかった。
「なあゼル、ここに入ってからどのくらい経ったかな」
「結構待ったとは思うけどね。顔ぶれも大分変わってきたから、そろそろぼくらも呼ばれるさ」
 とは言え、デュレイ越しに扉を見つめてばかりいると、時が経つのを遅く感じてしまう。ずっとデュレイと街や王宮の話をしてはいるが、その話題も徐々に尽き始めていた。
 そんな時に、再び開いた扉から現れた宮廷の男が、とうとう二人の名を読み上げた。その他にも、同時に呼ばれた数人が、入り口に集まってくる。そこで一人一人、また名前を確認すると、男は自分について来るように告げ、歩き出した。ゼル達を案内した男とは違い、ちくりと刺すような緊張感を纏っていた。
 男は、ゼルが抜けてきた、王宮とを繋ぐ通路の入り口を通り過ぎ、突き当たりに向かっていた。廊下に沿って右に折れて進むわけではないことは、次第に遅くなる男の足取りで判断していた。
「レイ・ストロン、ジュオール・ゼレセアン、ラジッド・セアスはこちらだ」
 その扉は、今までゼルが眺めてきたものと同じく、重厚感のあるものだったが、本当にそれだけであった。装飾もなければ、形状に関しても美しさの欠片もない。王宮の玄関で感じた近寄りがたさとは全く別の、跳ね除けられるような印象を受けた。
 デュレイを含む残りは、隣の扉の横に並ばされていた。やはり同じような種類の戸だ。誘導されていく時、デュレイが小さく手のひらを見せたので、ゼルも同じように返してやった。
 ゼルはまた壁にもたれたが、今度は試験場の部屋がすぐ隣という違いがある。はっとなって背を浮かせ辺りを見ると、案内した男はもと来た方へ戻っていくところだった。静かな広い廊下は、時折部屋を行き来する侍女が早足で通るばかりで、ゼルはそれに軽く頭を下げたりしていた。
「次の者」
 低く太い、それでいてすっと芯の通った明瞭な声が扉を開いた。そこに顔を向けたのはゼルだけでなく、その前と後ろにいた青年もだった。しかしせり出していた柱のせいで、声の主の姿は見えない。前に並ぶ青年の脇に出てまで覗こうとは、さすがに思えなかった。
 はっきりとだが、やや震えのある声で返答したのは、もちろん先頭の青年だ。名前を聞くどころか、顔もよく見ていなかったが、部屋に入っていく彼に、がんばれよ、とゼルは心の中で呟いた。
 一人分空いたところを進み、ゼルは調子を整えるために息をつき、天井を見上げた。円弧を描くそこには、幾何学模様に見える絵図が張り巡らされていたが、よく見ると植物を模しているようだった。
 すでに試験場の一歩前にいるのに、ゼルはその実感が沸いてこなかった。真剣での勝負ではないにしろ、相当の技術を持った人間と対することになるというのに。もちろん勝てるはずはないし、勝とうとも思っていない。ただ、相手に臆して自分の力を出し切れなかった、という結果にはしたくなかった。
 相手は一体どんな人なのだろう。屈強な男か、それとも素早い身のこなしで翻弄してくるのか。そんな想像をして、ゼルはすぐにその続きを考えるのをやめた。どんな相手か目星をつけたところで、今の自分がそれぞれに合った対抗策を取れるわけがない。この試験は、腕の良し悪しではなく、その癖や傾向を判断するものだと聞いていた。ならば見誤られることがないよう、自分らしさを惜しみなく見せられればいいのだ。
 そんな固められた意志の強さを確かめるように、意外に大きな音を立てて扉が開いた。途端に鼓動が速くなる。宮殿を前にした時の比ではない。
 とうとうおれの番か。そっと首をめぐらせると、先ほどの青年がこちらに背を向けて、ゆっくりと扉を閉めるところだった。そしてゼル達がいるのを忘れたかのように、廊下に出た彼は左右を見渡し、待合室のあった右手へ歩いて行く。彼をずっと目で追うと、その姿はこの試験場と同じ並びにある、突き当たりに近い部屋へと消えて行った。
 一人の試験が終わって次が呼ばれるまで、少し時間があるらしい。おそらく、どこの所属にするかを審議しているのだろう。ということは、実際に剣を交える試験官の他に、複数人が中にいるのか。
 ほんの少し足を動かすと、腰の剣が壁にぶつかった。中に入れば無用の物となるのに、ゼルの手はその鞘をしっかりと握り締めていた。
 平凡な村から来た若者が、貴族になる。ありえないわけではないが、容易なことではない。それでも、ゼルはその目標を揺らがせたことはなかった。まだどこの領地にも属さない自分の村を、自分の手で豊かにしたい。親友や、今まで育ててくれた叔父のためにも。
 そう叔父に意気込んだら、そんなことより生きて無事に帰ることだけ考えていろ、と言われたっけ。その時の彼の、悲しさと呆れの混ざった顔を思い出して、ゼルは口元を緩ませた。
「次の者」
 開音が声そのもののようだった。厳格さが音になったようなあの低い声は、ゼルの姿勢どころか顔つきまで正す威力を持っていた。
「はい」
 吸い込んだ空気を喉に溜め、振り返らないまま力強く一息に返事をする。上ずるかもしれないと思った己の声は、意外にも低音になって出てきた。そしてやっと入り口に体を向けたゼルは、そこに立つ男を振り仰ぐことになった。
 小さな青年とは対照的に、相手を見下ろしている巨人は、磨き抜かれた鋼を思わせる色の瞳をわずかに細め、道を開けるように部屋の中へ一歩だけ下がった。それが部屋へ入れ、という合図だということは、すぐに理解した。
 男の夕日を思い起こさせるような、かろうじて金色の髪は、一分の乱れもなくまっすぐに揃えられていた。その色は獅子のような剛勇さをかもし出していながら、荒々しさまでは感じられない。それでも、今まで見てきた貴族とは比較にならない気高さが、ゼルの肌を服の上からちりちりと焼いてくるようだった。進める足どりが一瞬遅れたのは、そのせいだったかもしれない。
 固く閉じられた口元を、壮年らしく髭が覆っている。試験場に入ったゼルは、もう一度この貴族の顔を見ようとしたのだが、目立たぬよう見上げた視界に入ってきたのは、それだけだった。ゼルが正面に向き直るのとほぼ同時に、背後の扉が閉じられた。
 部屋の中は、扉と同じく殺風景なものだった。人の住まいというよりは、小さい闘技場である。壁は一面白っぽい青で染められ、窓など一つもない。家具らしいものといえば、名簿とおぼしき紙と、それよりも一回り小さい紙が無造作に重ねられたもの、そしてペンが投げ出された、小さく簡素な机ぐらいだ。
 そしてこの空間にいた人の数は、ゼルの予想を裏切るものだった。ゼルを招き入れた長身の男と、部屋のほぼ真ん中に立ち、こちらに横顔を見せている異様な風体の者との、たった二人だけだったのである。
「手紙を頂けるかね」
 頭上から落ちてきた催促に、ゼルは現実に引っ張られた気分になった。それほど、これから剣を交える相手らしい人の格好に、目を奪われていたのである。ゼルは貴族を相手にしている、という緊張感が湧き上がる前に、機械的に手紙を取り出し、男に渡していた。
作品名:狼の騎士 作家名:透水