盆休み
「…覚えてたんだねえ」
案内された喫茶店は商店街からは多少外れた場処にひっそりとあって、良く云えば穴場、悪く云えば寂れた小さな店だった。いかにも彼女が好きそうな店だ。自家製の蜂蜜が売りらしく、先刻の巣箱のイメージを思い出す。
「え?何を?」
「私のこと」
真顔でそんなことを云われれば流石にやや面喰らう。思わず苦笑して
「……それは忘れないでしょう。ってか僕そんな薄情に見える?」
「ん…まあ薄情だよね」
「いや…そういう容赦無い物云いは好きですけど」
「というか、誰にでも優しいけど、距離置いてて…なんか傍観者っていうか。興味失ったら簡単に忘れちゃいそうな」
ミントティーに蜂蜜をかき混ぜながら笑う僕に、ソノエさんはあくまで淡々と、責めるでもなく言葉を続ける。的確といえば的確な指摘に苦笑を浮かべたまま、一口啜る。一息つく。
「でも『誰にでも優しく』はやっぱ無理かも、って。最近」
もう一口飲んで、続ける。
「実際自分そんなに優しくないしね、誰かにしっかり優しくしようと思ったら、その分他の誰かには冷たくなっちゃうし。みんなに優しくは、無理だよなって」
「…ふうん」
ソノエさんは息を吐くようにそう笑って、軽くからかうように訊いた。
「シマくんカノジョでもできた?」
「…あはは、まあそんなとこ」
「ふー…やっぱり恋愛は人を変えるのかしら」
今度は僕が「まあねー」と笑う。
「ま、生きてればいろいろあるってことじゃないですかね」
「生きてれば、ねー…」
ソノエさんはオレンジティーの残りを飲み干して
「生きてれば、変わってくものかな」
溜息のように、云った。
「まあ、そんなもんじゃない?」
「まあ、そんなもんかねえ」
なんとなく、2人で困ったように、諦めるように、笑った。