春は修羅
耳を澄ませても足跡は聞こえない。自分が洟をすする音としゃくりあげる息遣いだけがこの世界の音だった。口の中にはレモン味の小さな割れたガラス玉がたくさんのかけらになってある。窓から見える空を覗く。結局、初恋は叶わない。
『檸檬硝子』
細長いペットボトルが聳える平たい国。デジタルの時計塔、埃っぽい平野とそこに散在するいくつもの地上絵。それが描かれるたびに小刻みに震動する平たい国。4本の柱に支えられた地動説の平たい国。今日もまたこの国には知らない物質が降り注ぐ。
『サンキュッパの国』
お互いの肩越しに想い人を見る。熱を帯びた視線は絡まることもなく、天井に、シーツに記憶の中のその人を映す。抜け駆けは許さない、なんて言いつつあのひとと寝ている。頭の中のあのひとと。ぼくらは同じひとりの人に、叶わない恋をしている。
『肩越しの共犯者』
もしも未来に行けたらどうする?そんな話をされてもな、未来に行けたところで一体何の得をするというんだ?だから俺がタイムマシーンを作るのは利益のためじゃない。俺が追うのはそう、浪漫なのだよ!時間を超越するという、浪漫!
『未来ガジェット』
「 」押し殺した心の声は届かない。いつかは届いてほしいけど、気づいてほしくはなくて。友達、という視線を向けられるたびに、一歩抜け出したいわたしとこのままでいいわたしがそこにいる。飲み込んだ7文字は今日も胃の底に溜まっていく。
『わたしはさかな』
きみの指先がぼくの輪郭をするりと撫でる。ぱらぱらと傘に当たる雨粒が紺色の空から銀の糸のように下りてくる。濡れた肩と渇ききった口の中。熱帯夜に浮かされたぼくの目では、雨が蒼い星に見える。
『星の降る夜』
ありのままの事実を伝えるのは意外に難しい。自分でも気づかないうち盛ったり、恰好つけたり。ある天才が「雨が降ったら雨が降ったと書きなさい」と言ったように、見たまま動くことは難しい。俺が何を言いたいか、って?もうそろそろ機嫌直してってこと。
『ご機嫌斜めのゴーリキー』
「・・・まじでぇ」どうか違っていてくれ、と祈る気持ちでスクロールした先には、ここでは見たくない文字列があった。口の端に引っ掛かってたのがぽろりと下に落ちて、雨に濡れて少し縮む。カウントダウンはもう始まっている。
『マダガスカルバニラ』
その間、私は誰にでもなれる。強い人や優しい人、非道い人にもなれるし、星になった人、にもなれる。紙の束を重ねて、書き込みだらけの活字を追って、精一杯の声を出す。私は叫ぶ。今日を生きる人の言葉を。
『dramatica』
悪魔でも、天使でも、どっちでもいいよ。私をどこか遠いところに連れてって。誰にも見つからないところまで。ふたりで、どこまでも行こう?私たちのことを誰も知らないところまで。え?どこ?それってどこにあるの?パスポートいる?え?死神?
『手取り足取り魂取り』
きみと分かれて早幾年。深い木々の奥で眠るきみにわたしはもう会えない。過去を懐かしんで訪れることもできない。それは神さまと人間の差で、わたしの時間は動くけど、きみの時間はとまったまんま。ねぇ、あいにきてよ、神さまならできるでしょ。
『七』