春は修羅
嘘じゃないよ、全部本当じゃないだけ。嬉しい、悲しい、腹が立つ、切ない、ひとつだけの感情で人が動いてるはずがない。君のことが好きなのも、嫌いなのも、つまりはそういうわけ。それじゃあきみは、100%の人間に会ったことがあるの?
『きみは7割5分』
生寒い早朝の見知らぬ街を壁一面の窓から見下ろす。知らない制服、知らない生活。土曜の早朝でもほぼ埋まった禁煙席。ぽっかり空いた数時間に思いあぐねて一口含む、変わらないオレンジジュース。新しい日々がここからはじまる。
『さよならイエスタデイズ』
写真を撮ると魂が抜かれる。そう言っては彼は頑なに記念撮影を拒否し続けた。みんなから少し離れた場所で、カメラのレンズをじっと見つめて立っている。私はそんな彼を驚かせようと携帯カメラで撮影してみた。そこに彼はいなかったけど。
『彼の姿は記憶の中に』
僕は君になりたかった。何もかも中途半端だった僕のことを君はあこがれてたって言うけれど、僕からしたら何かひとつを持っている君がとてもうらやましかった。僕は君になりたかったけど、君には君でいてほしい。僕は君と君になりたかった。
『ないものねだり』
肩甲骨は翼のなごり、という話を聞いたことがある。この肩甲骨から翼が生えて飛んで行けたらどんなにいいだろう。皮膚や服を突き破って生えてくる翼は少し怖いけど、空を飛びたい希望の方が強い。たとえ羽が汚れても、君のところに行きたいからさ。
『翔ぶ』
探り探りの視線がぶつかる教室。お互いの素性を探り合うような当たり障りのない会話が教室の上をふわふわ漂う。どうやって距離を詰めるか、どうすれば小さな社会から外れないか。さて、最初の一言はどれにしよう?
『ゼロの教室』
続かない、埋まらない余白。読めない行間。とにもかくにも新しいものを創るのは難しい。自分が新しいと思っていても結局誰かの二番煎じ、それ以上であることが多い。だから新しいものではなく新しく見えるもの、に力を注ぐしかないのかもしれない。
『分化する文化』
部屋の真ん中にぺたんと座って、テレビも電気も点けずに開けっ放しの窓の外を見ていた。2月の夜の風は冷たい。エアコンも押し黙ったまま部屋を見下ろしている。ドアを開けたら室内の氷点下の気温以上に、たまった鬱屈した空気が足元に流れ出した。
『君の背中』
送って行ったあとの帰り道は空しい。同じ電車に乗って、同じバスに乗って、同じ道を歩いて、来た道を辿るだけ。それでも帰りはひとりきり。「ただいま」に帰ってくる声はない。なんだか急に寂しくなった。
『ふるさとへの距離』
私が見てたのは違う人だってことに君はいつまで経っても気づかない。あんなやつなんか忘れなよ、って言うくらいなら一度でいいから抱きしめてよ。金輪際でいいからキスしてよ。それで全部、いい思い出にして終わりにしてしまえるから。
『蒼いいろ』
誰かが呼んでるから。そう言って君は出て行く。僕は二度と戻ってこないかもしれない後ろ姿に祈る。君が必要のない世界になりますように。君が僕だけのヒーローになりますように。ひとりきり残されたワンルームで小指を噛む。
『きみはパブリックヒーロー』