約束の場所
ユウキのその小さい身体じゃ、俺を引き上げる事は不可能だ。
「お前も落ちちまうぞ!」
「離さないっ!!」
「離せ!!」
「いやだっ!!」
押し問答している間にも、岩を掴んでいる手が痺れてくる。
「ユウキ!!」
「もう、誰かがいなくなるのは、いやだっ!!」
必死に掴むユウキの手が俺の手に食い込んでくる。
「離せ、ユウキ!」
「いやだ! 離さない!!」
もう、ダメだ……。力が……。
「貴久!」
ユウキの声。
『貴久……』
……に重なって、誰かの声がした。
驚いて顔を上げると、ユウキの手の上から、誰か別の感触……。
『貴久……。しっかりしろよ』
そこには、ユウキに重なるように、死んだ筈の“あいつ”。
「……け……すけ……?」
俺の呼び掛けに弾かれたように背後を振向くユウキ。
「……お……ぃちゃん?」
はい!? ちょっと待て! あいつに弟は……。
思っている間に、なにかしらの力に引き上げられる俺の身体。気付いたら、ユウキと並んで崖の上で這いつくばっていた。
「お兄ちゃん! ……お兄ちゃん!」
光を纏ったような白い影にしがみ付くユウキ。ユウキが差し出したキャップをそっと押し返す、あいつの影。頷くユウキ。
そして、あいつが俺の横を通り過ぎる。
『貴久……』
戻って行くあいつに、親指を立てる。
そんな事なら、お安い御用だ!
―――――――――――
「……圭祐……?」
貴久の言葉に驚いて振り返った。ボクの手の上から、温かい別の感触。誰かの手……。
「……お兄ちゃん……?」
振り返るとそこに兄。光に包まれた兄が、ボクに“大丈夫だよ”と頷く。
貴久を掴んでいるだけのボクの手。なのに、貴久の身体が引き上げられていく。これは、兄の力。
「……お兄ちゃん……!」
夕陽が沈む崖の上、兄の影にしがみ付いた。
「逝かないで!!」
そんなボクに兄は黙って首を振る。留まる事は出来ないのだ、と。
「……お兄ちゃん。これ……」
あの日貰った帽子。逝くのだったら、これは、返そうと差し出す。
『これは、お前のだよ』
「……お兄ちゃん……」
『もう、大丈夫だね』
貴久の事? ……ボクの事?
『お前はお前なんだから、そのままのお前でいいんだよ』
頷くボクに微笑んで、兄はフワリと貴久の横を過ぎて行った。兄に親指を立てる貴久がボクに微笑んだ。
「戻るぞ」