約束の場所
ユウキが帽子と写真をひざに置いてパーカーを羽織ったのを見届けて、再び走り出す。
「その帽子は?」
パジャマと不釣合いなキャップ。気になって訊いてみた。
「……返しに行きたくて……」
「忘れ物か?」
「……うん……」
それ以上は訊いてはいけない気がして、俺は小さく息をついた。
――――――――――――
兄がいなくなった。
原因はボク。
目覚めたベッドの上、ボクの顔を覗き込んだ家族に訊いてみる。
「……お兄ちゃんは……?」
家族が弱々しく微笑む。
「喉、渇いてないか?」
父がジュースを差し出す。
「……お兄ちゃんは?」
兄の姿はない。
「お腹、空いてない?」
時計を見て、母が言う。
「お兄ちゃんは?」
「もう少し、眠った方がいいかしらね?」
「お兄ちゃんは?」
「ユウキは気にしなくていいんだよ」
ボクの質問をそうやってはぐらかす両親。
そして、ある日、夢を見た。
「これ、頂戴♪」
兄のかぶっていた帽子をジャンプしてひょいと取り上げた。
「バッカ! お前、それ、買ったばっか!!」
手を伸ばしてくる兄をかわして、“アッカンベー”と舌を出すボク。
「黒いキャップって、オシャレの必須アイテムじゃん」
「だから買ったんだろーよ!」
「……欲しーなー……」
十歳上の兄はこの上なく、ボクに甘い。
「なんでやらなきゃなんないんだよ!?」
“理由がない”と拒む兄。
「高校の進学祝い、まだ、貰ってない」
“あちゃ!!”と兄の顔が歪む。
「仕方ねーなー……」
舌打ちしながら、兄がキャップを自分の頭からボクの頭へと移動させた。
「サンキュー♪ お兄ちゃん、大好き!」
はしゃぐボクの後ろで、
「ねだるユウキもユウキだが……」
「圭祐ったら、ユウキには甘いんだから」
両親が笑っている。
ここは……。
そうだ! ボクの進学祝いと両親の結婚記念を兼ねてやってきた家族旅行。兄のお気に入りの場所だと言って、途中で寄り道した海沿いの小さな岩壁。
「桜、満開だね」
険しく切立った岩の上、少し内側には大きな桜の木がピンクの花を咲かせていた。
「桜をバックに写真撮ろうか?」
兄の提案に、母がいそいそと木の下にスタンバイ。
「母さん! 木の真下じゃ、桜、入んないよ!」
兄に笑われ、父が手招きする場所へと移動する。