約束の場所
少年が花畑の真ん中を指す。マンションから抜け出したのか? パジャマのまま? 色んな疑問が頭の中を飛び交う。
「勝手に出てきたのか?」
頷く少年。この際、諸々の疑問は置いといて。
「お母さんが心配してるんじゃないのか?」
とりあえず、大人として帰宅を促してみる。
首を振る少年が、手にした帽子を胸に抱きしめた。
「家族の人達が……」
俺の言葉を遮るように、強く首を振る少年。その今にも泣き出しそうな顔に、
「仕方ねーな……」
と思わず溜息な俺。
「乗るか?」
俺の誘いに、まばたき一回。驚いている大きな瞳に俺が映った。
「行く方向が同じだからさ。なんなら途中まで乗っけてってやるよ」
言いながら、内側から助手席のドアを開けてやると、少年は恐る恐る中を覗き込んだ。
「誘拐なんかしないから、安心しな」
こう見えても、善良な一市民だ。
「……あ……」
乗り込もうとした少年が、助手席を見て、止まった。
「あ、悪ぃ! 邪魔だな」
親友の撮った写真が、そこに鎮座していた。慌てて取ろうと手を伸ばすが、タッチの差で少年に持っていかれる。
「……これ……」
写真を持ったまま少年が助手席に座った。
「綺麗だろ? その景色を見に行くんだ」
座っている少年が、笑った……気がした。
「いくつ? 中学生?」
質問に少年が首を振る。
「高校生!?」
失礼にも、驚いてしまう俺。小柄なのだ、こいつ。
「一年……」
声も高めだし……。
「バス、丁度、行っちゃって……」
そう言った少年の手の中で、小銭が音をたてた。
「それで歩いてたのか?」
チラリと見ると、余程気に入ったのだろう、さっきの写真を熱心に見ている。
「お兄さん。ここに、行くの?」
「おう!」
「……ボクも……。ボクも行っていい、かな?」
「お前、どこか行くんじゃなかったのか?」
黙って写真に見入る少年。返事まで少し間があく。
「……ここで……いい……」
左手に持った写真を見詰めたまま右手の帽子をギュッと抱き締めるその姿に、
「分かった」
何故か連れて行かねばならないのだと確信した。
「その代わり、夕陽を見たら帰るんだぞ」
その言葉に、キョトンと俺を見る。その姿が、まるで小鳥のようで……。
「“帰りはバスで……”なんて言わねーよ!」
「……あの……」