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ある晴れた日に

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 これから直接逢って依頼をしたいのですが、お時間大丈夫ですか?」
「…問題ありません」

俺は今居る場所を彼に伝える。
すると、それならば10分もあれば到着しますからその場で待っていてください、と
伝えられ電話は切られる。


葉の小さな隙間から光がちらちらと俺と地面を照らす。
風と共に形を変える影達も、決して本質は変わらない。
光はものを成長させる為。
影は「存在」を伝える為。
風はものを運ぶ為。
ならば、自分自身は?
何の為の存在か。
何の為に存在するのか。

伏せていた瞳を開けると、何時もと違う景色が写った気がした。
滲んだ世界。
歪んだ空間。
光は決して希望ではなく、影は絶望でもない。
ただ自分自身が「ここにいる」と言う叫びを口にしている。
それだけの存在。
無様なほどもがいて。
もがいても岸には手が届かない。
そのまま「存在」を消していくのだ、と。
諦めがついてきている。

「大丈夫ですか?」

頭上で声がする。
初老の男性、先ほどの電話の主だ。

「…せ、先生…」
「申し訳ありません、少し道が込んでいまして。お待たせしましたね、どうぞこちらに」
「…はい…」

一歩踏み出そうとすると体がよろけた。
危ない、と僕の傍に居た先生の「秘書」が僕を支えた。

「猛暑の中、こんな場所で待たせるのは先生のミスです」

彼は主である先生に噛み付く。
噛み付かれた方は本当に反省した顔をして面目なさそうにしていた。
俺を支えつつちくちく文句を言いながら、彼は先生所有の車に乗せてくれた。

小さな空間は吃驚するくらい涼しかった。

「文明の利器ですねぇ」
「全く悠長な…先生、僕は水分を購入してきます」
「はい、お願いしますね」

ぼんやりとした意識下で二人の会話が繰り広げられている。
どうやら俺はこの二人にかなり大きな負担をかけてしまっているらしい。
実際、彼の体躯よりも自信の体躯の方が大きいのは分かっている。
力では絶対及ばないとは言え、やはり申し訳ないことをした。

「彼が来る前に仕事の話をしてしまいましょう。
 貴方の意識が少し歪んでいるのは不幸中の幸いですし」

彼は少し意地悪そうな声色で、語りかけてきた。

「貴方の先輩に渡してもらいたい資料がありましてね。
 運び屋みたいで申し訳ないんですが、こちらを今日明日中に連絡を取って必ず渡して欲しいのです。
 返事は必ず私にするようにお伝え下さいね」

かなり厚みのある茶色い封筒を俺に差し出して
逆行で表情が上手く読み取れない。
だが、声色は何時もと変わらない。
変わるとしたら、先生の瞳の奥が少しだけ闇の中に解けている、そんな印象を受けたことだ。
多分それは思い違いで、この空間が少し薄暗いからだろう。

「あ、そうそう、これも忘れずに言ってくださいね」

先生は楽しそうに付け足す。

「返事をよこさないならばこちらにも考えがありますので、その辺りは確り考えて行動してください」

ほんの少し、脅迫じみた音だ。

「申し訳ありませんね。少しここで涼んでお休み下さい」

何時もの先生の声だ。
催眠術に誘われるかのように、俺は瞳を閉じる。


思えばあの人は先生をとても苦手としていた。
天敵。
いや、
「史上最悪の存在」
そんな表現をすることもあった。
俺からすればどうしてそう言う風にいうのか、どうしても理解できない。

人徳があり。
実力があり。
性格も良く。
頼りになる。
こんな素晴らしい人が、どうして苦手なのだろう。

「あいつは嘘吐きだからな。正真正銘、何処をどう切っても「悪魔」以外の何者でもない」

体の中にたまった熱が少しずつ和らいで行った時間から数時間後、俺は先生の依頼を実行に移していた。
隣には、先生の依頼の相手。
俺と同業者の先輩である、あの人が居る。
あの人の声がとても大きく響きだしてきた。

「お前は本当に人がよすぎる。少しは疑え」
「…は、はい…すみません…」
「そう言えば…今日はお嬢ちゃんが居ないな」
「…今日は暑かったので…昼間は仕事で外に居ましたし」
「なるほどね、確かに、正しい判断ができるようになったな」

あの人がにやりと笑う。
喉に触れるアルコールが疲れを引っ張り上げてくる。
少しうとうとし出すとあの人は俺の頭を軽く小突いて

「早く帰ってやれ」

と言ってくれた。
別れ際、先ほど伝え忘れた先生の最後の言葉を伝える。

「返事をよこさないならばこちらにも考えがありますので、その辺りは確り考えて行動してください。
 …だそうです」

あの人は大きく溜息をついて、手を俺に向かって振る。
了解、と言う意味なのだろう。
俺はお休みの挨拶をして、部屋に向かった。


部屋に着いたのは次の日になる手前だった。
静かに鍵を開ける。
暗い。
多分もう彼女は眠ってしまっているのだろう、と思った。

足音を立てずに必要最低限の灯りをつけ、それを頼りに静かに前に進む。
自分の部屋に荷物を置いて二人が生活する部屋に戻る。
明日の朝の準備を軽くしておこうと思ったからだ。
こちらも必要最低限の灯りをつける。
すると、俺の想像を超えた光景が目に飛び込んできた。

彼女は床で眠っている。
部屋の電話が机から降ろされて、その隣に鎮座していた。
慌ててポケットの携帯を確認する。

「着信あり」

の表示。
履歴は非表示だが、思えば自分の部屋はそう言う設定にしていた事を思い出す。

自分の足りない部分を改めて知り、愕然とする。
結局自分は何一つ出来ないまま、ただ迷惑をかけて「生きてしまう」のだろうとそう思う。
深い溜息で絶望を振り切ろうと努力していたその時。
ぴくり、と彼女の指が動いた。

ゆっくり瞳が開き、愛らしい表情が俺に向けられる。

「おかえりなさい」

少し寝ぼけた声。
常に整っている髪の毛も、今は乱れている。

「ただいま」

胸に込み上げてきた苦しさを振り切るように、俺は彼女に伝える。
腕を伸ばし抱きしめる。
彼女の指に小さく力が入っていく。

「おかえりなさい」
「…ただいま…」

次の日への鐘が響く。
街にも、そして俺たち二人にも。
明日がこうやってやってきた。

     ********************************************

「これで終了ですか…」

僕は自身の肩をぽんぽんと叩く。
全く年齢と言うものは如何ともしがたい。

今夏の暑さでかなりの人間が病院に入り、又命を落としているらしい。
特に体力のないもの、所得の低いものからどんどん…と言うのはどの時代も変わらない。
自分が居る今をその人たちと比べれば本当に恵まれている事だと思う。
心から今に感謝する。

「そう言う人たちは努力をしてない」

と言う事を平気な顔して喋ってるだろうラジオを聴いたが、そんな事を口にする上の人間は

「その努力をしていた時代の自分」

を忘れているのだと思う。
いやそんな事ない、と言うかもしれないが、僕からすれば「忘れてる」に等しい。
本当に覚えていたら、言葉にせずに既に行動で見せているか、もっと「相手を傷つけない」
言葉を選択しているはずだ。

だが、全てを否定する訳ではない。
彼らの「言いたい事」も分かる。
作品名:ある晴れた日に 作家名:くぼくろ