惑星の記憶
「動いている物が世界にこれ一つしかないんだ。比較対象がなかろう。だがアストリアに行けば、止まったコンパスもあるし、動いていたやつの研究資料がまだ残っているはずだ。教会も魔法院にはそうそう手は出せないからな。持っていって調べてもらうか? アカデミーに通うなら下宿するだろう」
「うん。伯父さんの宿屋の2階の部屋を貸してもらうことになってる。夏になったら向こうへ行くからその時に」
「ああ、それがいい。しかし、浜辺で拾ったなんて発見記録は無いからな。あまり期待はするなよ」
「うん、今日はありがとう。またね」
ルージュは扉を開け、外に出ていった。ベルの音が店内に響いた。
『まさかな。いや、ワシの最後の楽しみにでもしておくか。本物であると信じよう』
「二人だけってゆうのも、なんだか寂しいね」
レナはティーカップをテーブルクロスの上に置いた。春先は緑色のチェックだったのが、水色の無地に変わっている。
「そうね。こうして毎日二人で話しているのは変わらないのに、あの子が当分帰ってこないことを考えると、ね」
テーブルをはさんで向かい側に、こちらも紅茶を飲みながらサンディーが言った。
「心配?」
「だってアストリアよ。馬車でも3日はかかるわ。それをあの子ったら、歩いて行くってゆうのよ。歩きだと山を越えなきゃならないのに。何日かかると思ってるのかしら」
「あいつはただ、冒険がしたいだけなんだよ。途中、森があるでしょう?」
窓から草木のざわめきと共に、風が廊下のほうへ通り過ぎていった。
「リラの森ね。湧き水が美味しいわ、あそこは」
サンディーは再びティーカップを口へ運んだ。
「…母さん、本当に心配してる?(あたしはしてないけど)少なくとも、魔物ぐらいはいると思うよ」
「あの子にそういう心配はしなくていいのよ。ただ一つ気がかりなのは、あのコンパス……」
「え?」