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紳士は恋で作られる

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 私が知ってるホーム・パーティーはね、アンディのママや、その友達が得意料理を作ったり、好きなファスト・フードをテイクアウトしてきたり、お菓子やドリンクを持ち寄ってワイワイ楽しむものなの。着の身着のまま、レコードに合わせて踊って、誰かがギターやピアノを弾いたりして楽しんだ後は、みんなで後片付けしてお開き。すごくアットホームでしょ?
 でもお貴族様ともなると違うんだって、ここに来て初めて知ったわ。
 アンディの部屋の南側のバルコニーから広間のテラスが見えるんだけど、そこで食前酒を飲みながら話している人達の姿を見る限り、私の知ってるホーム・パーティーのお客さんとは大違い。普段着なんて一人もいないの。男性は必ず上着を着て、どんな形にしろタイを締めてるし、女性はフォーマルとまではいかなくても、華やかなワンピースかアンサンブル・スーツなのよ。アクセサリーが光って見えるわ。
 アンディだって負けちゃいないわよ。アンディのスーツは遠目にはチャコールグレーの無地に見えるんだけど、光の加減でストライプが浮き出るの。シャドウストライプって言うんですって。ネクタイとチーフは、ラベンダー・カラーって言うのかしら、ほんのりした薄い紫色、柄はドットみたいなマイクロ・ハウンドトゥース。すっごく上品。スーツもシャツもオーダーだから、アンディの身体にぴったり合って、「着せられてる感」とか「借り物感」ってのがないのよ。破れたジーパンにTシャツ姿の、ニューヨークでの彼が想像出来ないくらいうっとりしちゃう。生まれた時からここに住んでいるみたいよ。
「首が絞まる」
 ネクタイなんて締め慣れてないもんね。ダメダメ、せっかくきれいな結び目なんだから、触っちゃダメでしょ。
「慣れて頂かなければ困ります。来年にはスーツをお召しになる機会が多くなりますから」
 ちょっと崩れた結び目をすかさずイーニアスが直してくれたけど、これからはちゃんと自分で結べるようにならないとね。
 アンディは来年の夏に大学を卒業したらイギリスの大学に留学する予定なの。勉強しながらおじいちゃんの事業も手伝うことにもなってるわ。今夜のホーム・パーティーはコアな親族に、後継者としての顔見世の意味もあるみたい。
 三年目にしてやっとよ。伯爵家としての大事な行事は冬の方が多いと思うんだけど、まだ冬休みにアンディはここに来たことがないわ。多分、アンディのスキルがまだまだだから、後継者として人前に出せないって思われてたんじゃないかしら。アンディにしてみれば、仲間でわいわい楽しむクリスマスの方が良いに決まってるから、むしろ夏だけの方が好都合。でも三年目だし、来年は卒業でしょう? 今年のクリスマスくらいから色んな場所に連れて行きたいっておじいちゃんは思っていて、今夜がまず社交界デビュー前哨戦ってわけなの。親戚の前だと、少しくらいヘマをしても許されるって考えたんでしょうね。
「アンドリュー様、本日お見えのお客様方は、このソールズベリ家とは一番近しい間柄のご親族です」
「知ってるさ。リストもらって覚えさせられたじゃねぇか」
「伯爵家の後継にアンドリュー様がおなりになったことを、必ずしも歓迎されている方ばかりではございません。旦那様の直系にあたる男子はあなたしかいらっしゃいませんが、ご分家にはいらっしゃいます。皆様、この『世界』で生まれ育ち、相応の教育をお受けになった方々です。その方々ではなく、旦那様があなたをお選びになったと言うことを、どうかお忘れになりませぬよう」
「孫可愛さってヤツに見られても仕方ねぇよ。実際、そうなんだし」
 アンディの生い立ちとか、対面してからこっちのおじいちゃんの溺愛っぷりを見ると、そう思われても仕方ないかも。
「いいえ、私情だけで伯爵家や事業をお譲りしようと考えられる旦那様ではございません」
 あら!
「あなたはきっと、立派な後継者になられます」
 イーニアスがそんなこと思っているだなんて。いつもあんなに厳しくって、「そんなんじゃ伯爵なんて無理っ」って雰囲気なのに、言い切ったわ。
「そりゃ、どーも」
アンディも意外だったみたいね。
「言葉遣い」
「わかっている。大丈夫、『先生』が良いから、おじい様には恥をかかせることはない。どうだ? 発音は完璧だろう?」
「アンドリュー様」
「さあ、行こうか」
 カッコいい、カッコいいわ、アンディ。やっぱりやれば出来る子なのよね。今の発音、今までのと全然違うもの。イーニアスと同じ、音楽に聞こえたわ。低い声質に合って、なんて素敵なの。
 イーニアスもそう思ったわよね? 何だか、複雑な顔ね、どうしちゃったの? 
 まあ、いいわ。早く広間に行きましょうよ。みんなにアンディを見せびらかしたいわ。
「おっと、アレックス、今夜は留守番」
 なんですって、留守番ですって? 私とアンディはいつも一緒のはずよ。私だって後学のために、上流階級のホーム・パーティがどんなのものか見ておきたいのに、置いてけぼりなんてひどいわ。
 アンディったら!
 どんなにジタジタしたって、所詮、私は非力なカメなのよね。ケージに放り込まれ、アンディとイーニアスはドアの向こうに消えて、ジ・エンド。
 ケージを抜け出すのは出来るけど、この部屋の重いドアはさすがに開けられない。私って結局、アンディがいなけりゃ、あの気持ちのいい庭にも、暖炉が素敵な食堂にも、一人じゃ行けないんだわ。今までカメに生まれて後悔したことなかったけど、こう言う時はやっぱり人間の方が便利だって、つくづく思う。
 悔しい。何とかこの部屋を出られないかしら。こんな時間じゃもう、部屋の掃除に誰か来るわけないし、みんな今夜のパーティーで忙しくってそれどこじゃないわよね。仕方ない、今夜は大人しくして、アンディのお土産話を待っていましょうか。
 ……。
 やっぱり無理。だってあんなに素敵なアンディを見せられてよ、黙って留守番してられると思う?
 否! 彼が堂々と親戚連中と渡り合ってる姿を見届けなくっちゃ。一番のガールフレンドとして!
 この部屋から抜け出す方法はないかしら。どこか外への出口はないかしら。
 どこからか夜風が入ってきているわ。ってことは、窓の一つが開いてるってことよね。そうだ、バルコニー。開けっ放しになっているんじゃない? 確か、あそこって庭に下りられる階段が付いてた。時々、アンディがイーニアスの目を盗んで抜け出すもの。そこから出れば庭に出られる。広間のテラスはバルコニーから見えていたから庭伝いで行けるはずよ。
 何も広間に入ろうだなんて考えてないの。テラスからちょっと覘ければいいんだから。
 そうと決まれば急がなくっちゃ。

作品名:紳士は恋で作られる 作家名:紙森けい