紳士は恋で作られる
リタって子はアンディの幼馴染で、ボーイッシュな子なの。ずっとハイジャンプの選手をしてて、身体は引き締まって脂肪の欠片もないし、性格もサバサバしてるから、ハイスクール時代も時々、男の子に間違えられていたくらい。そんな見た目と性格だから、アンディもその気になったみたいなの。
「女は後にも先にもあいつだけ。あいつじゃなきゃ、女との経験もあったかどうかわからない。だいたい、恋愛感情有りきで挑んだわけじゃねぇしな」
男って、変に競争意識あるでしょ? 近所の悪ガキ達が次々にステディ作って童貞捨てて行くから、アンディは焦ったのよね。まだゲイだって自覚が薄かったし。
「裸になって身体見たら拒否反応が出て、心身共に萎えちまった。結局、俺は根っからのゲイってことなんだよ」
「それでも最初は女性として認識した上で行為に及んだわけですから、可能性がないとは言えません。しかるべきカウンセリングを受け、ご婦人方との交流を広げていけば」
「ゲイは病気だって言うのか? 気の迷い、気のせいだって? 俺のおまえへのこの気持ちも?」
言ったわ、アンディ。でもこのタイミングで言う? 場所がガゼボってことや空に上った三日月とか、環境はロマンチックな雰囲気ではあるけど、何もこんな話をしている最中に、それもサラリと言ったわね。
「俺はおまえのことが気になってる。これがどう言う気持ちか知ってる。その気持ちを気のせいだとか、ゲイは心の病気だとか言いやがるなら、伯爵なんてクソくらえだ。ジジイやオフクロが何て言おうと、跡は継がねぇ」
「だったら、僕は必要なくなりますね。僕はあなたに、未来のソールズベリ伯爵に仕える身ですから」
「イーニアス」
イーニアス、何てこと言うのよ。アンディはあんたのことが好きだって言ってんのよ。これは恋の告白よ。それも、爵位をかけた恋じゃない。
「そこには別の選択肢はねぇのかよ。おまえだって、俺のことが好きだろ?」
「僕の望みは、立派に伯爵をお継ぎになられたあなたの傍に在り、お助けすることです」
なんて頑固なの、イーニアスったら、イーニアスったら、イーニアスったら。
私、わかるんだからね。今、耳たぶ真っ赤よ。薄暗くったって、アンディにもわかっているはず。アンディ、この前にみたいに、イーニアスの耳たぶを確認してみて。そして彼を引き寄せて、抱きしめて、キスの一つでもくれてやりなさいよ。若さに任せて行動に移すのは得意でしょ。身なりがお上品になったら、行動までお上品になっちゃったの? そうやって見つめているだけじゃダメよ。もっと押して。イーニアスの口から本心を聞き出してよ。
さっきのイーニアスはとても辛そうだった。きっとアンディの周りに集まるきれいな女の子達と、自分の娘を伯爵夫人にって思う親心が渦巻いているのを目の当たりにして、アンディの立場を再認識したからだわ。パーティーの前の複雑な顔も、そう言うことを感じていたからでしょう? イーニアスはアンディが立派な伯爵になれるって言い切ったけど、それはつまり「結婚」って避けて通れない問題が身近になるってことですもの。
「あなたはまだ若く、一瞬の感情に流されて立場を見失っている。一度決めたことを、たかが色恋で簡単に放り出そうとしている。『今』しか見ないようでは子供と同じです」
「たかが色恋? 俺がガキだって言うのか?」
「子供です。自分の感情をぶつけて行動するだけだ。相手の気持ちを汲むことも出来ない。人がどれだけ…」
どれだけ…その続きは? どうして止まっちゃうの? ああ、イーニアスの本音を引き出すまであと一歩だったのに、本当に鉄の自制心ね。アンディと同い年だなんて信じられない。ううん、二十一才って年齢から見れば、アンディの方が年相応だわ。
この沈黙、いたたまれない。アンディはイーニアスを見つめたままだし――睨んでるって言う方が正しいわね――、イーニアスはテーブルの上で組んだ指を見ているし、私は出るに出られず――いえ、出ていたんだけど存在を主張出来なかったの――、みんな止まってしまったままにどんどん時間だけが経って行ったわ。
まず動いたのはアンディ。イーニアスの組んだ指に手を伸ばしたの。でも触れるより先にイーニアスは立ち上がったわ。
「戻ります。あなたはもう少し頭を冷やされた方が良いでしょう」
「イーニアス」
アンディが慌てて腕を掴もうとしたのを、イーニアスは突っぱねたの。
アンディも驚いて目を見開いたけど、突っぱねられたイーニアスの手を懲りずに掴んだわ。そして思い切り引き寄せて、抱きしめて、彼が振り解こうとするのを押さえ込み、それから。
それからキスをしたの。すごく情熱的に。
イーニアスは頭を左右に振るんだけど、彼の唇が外れたら、またアンディの唇が追いかけて塞ぐの。何度も何度も。とうとうイーニアスは諦めたのか、身体の力が抜けたわ。
ほのかなガーデンライトの光がね、二人を照らしてね、クラシカルなガゼボでの、うっとりするくらいきれいな長い長いキス・シーン。すごく静かで、二人きりの空間。映画みたいよ。
どれくらいか経って、やっと二人の唇が離れたわ。でもアンディの腕が緩んだ途端、イーニアスが彼を突き飛ばしたの。
「だから君は、ガキだって言うんだ!」
そう言うと、イーニアスは今度こそ駆け去ってしまった。アンディはその後姿を見つめるだけ。
私、我知らずずい分前に進み出ていたみたい。さっきよりずっと近い位置にアンディが立ってる。見上げると、アンディは私に気づいたわ。
「アレックス、なんでこんなとこにいるんだ?」
私の名誉のために言っておくけど、ここに居合わせたのは不可抗力なのよ。予定では広間の庭側の窓のところにいたはずなんですもの。決して、盗み見してたんじゃないわ。声をかけづらかっただけなんだもの。声かけたって、聞こえなかったでしょうけど。
「アンドリュー様、旦那様がお呼びです」
ランプリングさんだわ。イーニアスにアンディの居所を聞いたのね。
「わかった、すぐ戻る。すまないけど、アレックスが抜け出してきたみたいだから、部屋に戻してくれないか?」
「かしこまりました。誰かに申し付けましょう」
アンディは広間に戻って行き、私はランプリングさんが廊下まで連れて行ってくれて、そこからはエセルの手に渡されたの。
二人のことが気になったけど、エセルが私をケージに入れて部屋中の戸締りをしっかりしたもんだから、もう外には出られなくって、疲れも出たのか、後は夢の中に入ってしまったの。