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炎の女アン・ブーリン物語/ヘンリー8世と6人の妻

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 アンは実家のヒーヴァー城へ引きこもる。ヘンリーの執拗な求愛に嫌気がさしたためである。
 ヘンリーは女官に片っ端から声をかけては一夜の慰み者にし、すぐに飽きるという噂だった。
「今度はアンの番らしいわね」と同僚たち嗤われるのも耐えられなかった。
 父親のトマス・ブーリンも嬉しい反面、困惑を隠せない。
 長女のメアリーだけでなく、次女のアンまで慰み者にされるのはたまらない。
 何とかして、このチャンスを生かして我が家の繁栄に繋げられないものか?同じ事を、アンも考えていた。
(お安く見られるのは姉だけで十分。私はまっぴらよ)

 アンの不在に耐えられなくなったのか、いきなりヘンリーはヒーヴァー城に現れた。
 そして宝石やら金貨やらプレゼントを積み上げて繰り返し口説いた。
「そなたが好きなのだ。もう胸が苦しくてたまらない…」
 しかしどんなに口説かれても、アンはエリザベス・ウッドヴィルの言葉を引用して冷静に微笑み返すだけだった。
「陛下、私は王妃になるには身分が低すぎますが、慰み者になるにはプライドが高すぎるのです」
 そういって優雅に一礼すると、また部屋に閉じこもってしまう。

 拒否されればされるほど、ヘンリーは悶え苦しみ、アンの言うことなら何でもかなえてやりたい気がしてくる。
 一国の国王ともあろうものが、閉じたドアの向こうから哀願する有様を見て、アンは部屋の中でほくそ笑む。
 姉メアリーへの仕打ちを思うと、いい気味だとさえ思う。
「これ以上陛下に逆らっては反逆罪になるぞ。」
という父の説得もあって、とりあえず宮中に帰ってくれ、という頼みには応じることにした。

 宮中に帰るなり、アンはヘンリーにキッパリと言い放った。
「どうしても私をご自分のものにしたいと仰せなら、結婚して下さいませ。
 いくら陛下とはいえ、夫でもない殿方に肌を許すなどできません。
 結婚のお約束をして下さるまで、一緒に夜は過ごしませんが、それでもよろしいでしょうか。」
 ヘンリーほどの男なら、無理にでも自分のものにできるかも知れない。
 しかし、そんなことをしてアンに嫌われるなどと、できるはずもない。
「結婚する!結婚するから今すぐ私のものになってくれ!」
 ヘンリーは叫んだ。

 アンはムッとして言い返した。
「どうなさるおつもりで?。キャサリン王妃がいるというのに。」
「王妃は…王妃は…」
 ヘンリーは腹の底から声を絞り出した。
「離婚する。そうだ、法王にお願いして結婚を解消してもらう。だから…」
アンは初めて微笑んだ。
「じゃ、晴れて陛下がキャサリン王妃から自由の身になったあかつきには、一緒に夜を過ごしましょう。
 それまでは遠慮いたします」

 焦らせば焦らすほど、ヘンリーは戸惑い、犬のようにアンの顔色を窺った。
 宮中を下がれば恥ずかしくなるほど甘ったるいラブレターを寄越す。

「朕の愛を受け入れてほしい。
 そうなれば朕はもっと忠実なしもべになろう。
 もしそれが許されるなら、あなたの本当の恋人になれるなら、
 ライバルとなる他の女は全部捨てて、朕の心から捨て去り、
 あなただけに仕えよう
    ーあなたの恋人になることを切望する者より ヘンリー」

 最初は嫌がっていたアンも、だんだん面白くなってきた。ラブレターを読んで、一人声を上げて笑った。
 英国の最高権力者が、自分の一挙一動で泣いたり笑ったりするのだ。
 結婚してくれ、と言ったのは、ヘンリーをやんわり遠ざけるためだったが、これは案外夢ではないのかもしれない。

「アン・・実は離婚には少々時間がかかりそうだ。それまで待ってくれるか?」
 アンは眉を逆立てた。
「どうして?あなたはこの国で最も偉い方ではないですか。そんな方が、自分の好きだと仰る女一人妃にできないなんて、情けないと思いますわ。」
 ヘンリーはしどろもどろになり、
「いや・・法王が認めてくれないのだ。知っての通り、離婚には法王の特別な許可がいるもので・・。」

 そこでヘンリーは国中の宗教学者や法律学者を動員し、何とか離婚できないものか策を巡らした。
 キャサリンはもとは兄アーサーの妻だった。確か聖書のレビ記には「兄弟の妻とは結婚してはならない」と書いてあったではないか?。
 しかしキャサリンは形式的な妻に過ぎなかった。法王もそれを正式に認めた。

 その上よく聖書を読めば、別の箇所には「もし兄弟が亡くなったら、その妻を娶り、財産を継げ」と書いてある。