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こうして戦争は始まった

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『……私が言いたいのは、正しく伝えなければならないということ。伝えることを恐れてはならないということ。伝えることを怠ってはならないということ。
 それは違う、どうして違うのか。
 それはダメだ、なぜダメなのか。
 本当に伝えなければならないことは、“どうして”と“なぜ”の部分であると思う。
 説明されたとしても納得できないことはあると思う。ならば、“どうして”納得できないのか、“なぜ”納得できないのか、それを正しく伝えなければならないはずだ。分からないという思いを正しく伝えなければならないはずだ。
 そうして、互いに正しく聞き取り、互いに正しく理解しようと努めること。
 相手を理解しようとする努力。もう二度と戦争を起こさないために必要なものはそれだと思う。それだけだと思う。』

 壇上の彼女は原稿をから手を離し、深々と頭を下げた。
 それを合図として、会場は大きな拍手に包まれる。

 彼女がどんな気持ちで原稿を読み上げていたのかを思うと、安易に拍手することには躊躇いがあった。

 壇上の彼女は頭を下げたまま動きを止めていた。その様子に気付いた会場は、拍手をざわめきに変えていった。
 そのざわめきは、すぐにどよめきになる。
 そうして顔を上げた彼女は、口の端を吊り上げて、にっと笑った。
 俺の全身を鳥肌が覆う。
「私がこの作文を書くことになったキッカケは、学校の規則を破ってカラオケに行っていたことです。たったいま皆様が拍手を送って称えた文章は、ルールを守れないような中学生が書いた物なんです」
 会場が静まり返る。
「……私は! 私はまだ中学生だ! まだ子供だ! 今日ここにいる大人たちは、そんな戦争を知らない中学生の絵空事なんかじゃ、戦争が無くなったりしないって分かってるはずだ!」
 ステージ脇から数人の職員が駆け寄った。
「止めるの? さっき私が“主張に耳を傾けるべきだ”って言ったのを聞いて拍手してたじゃない!! 結局は綺麗に並べられた建前を聞いて、読む私たちじゃない、読ませている自分たちこそが正しいんだって自己満足してるんじゃない!!」
 職員が彼女の腕を力任せに掴んだ。苦痛に彼女の顔が歪む。
「バカヤロウ!」
 職員の顔に拳がめり込んだ。そしてそのことに誰よりも驚いたのは俺だ。

「彼女の作文を聞いてなかったのか! 彼女が必死に訴えようとしてる主張を力づくで抑えつけるなんて、大人のやることじゃない!」
 気付けばステージの上で、彼女をステージ上から連れ出そうと掴み掛かる職員たちを、次々に殴り飛ばしていたんだ。他の誰でもない、この俺が。
「離してやれ!! その手を離せよ!」
 彼女を守ろうとして颯爽と舞台に上がった俺は、情けなくも一瞬で取り押さえられてしまい、彼女は連れて行かれてしまった。

「自分たちが理解できないことはこうやって抑えつけるんだ! こんなの平和なんかじゃない! 支配された世の中は私がぶっ壊してやる!」

 そして俺は警察に連行された。
 彼女の甲高い叫び声は、ずっと耳から離れなかった。