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こうして戦争は始まった

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 キィ、と扉の開く音がして、俺は手帳に走らせていたペンを止めた。
「もうお帰りになって結構ですよ」
「俺は傷害で訴えられちゃいますよねぇ?」
「訴えてやると息巻いていましたが、私が説得します。必ず」
 警察の制服を着た壮年の男は、俺に向かってそう答えた。何よりも力強く。
「失礼ですけど、貴方は?」
「私はここの署長です。あの会場には来賓として招かれていましたから、貴方のご活躍は間近で拝見させて頂きました」
「はは、そりゃどうも」
「いやー痺れました。私はね、あんなヒーローになりたくて警察官になったんですよ。ところが何をどう間違ったのか、署長になんかなっちゃって」
 話が長くなる気配を感じた俺は、その流れを変える。
「彼女は?」
「別の部屋で暴れています。もう少ししたら落ち着くでしょう」
「話をさせてもらえませんか?」
「残念ですが……」
 署長は言葉尻を濁す。
「実は彼女、あの作文を読みたくないと言っていたんです」
「それはなぜ?」
「彼女は、作文を書いてからも色々考え続けて、何が正しいのか分からなくなってしまったのです。なのに周りの大人たちは、そんな彼女の悩みに構わず読ませようとしていた」
 署長は唇を歪めて目線を落とした。
 その状況が手に取るように分かるのだろう。
「俺もそんな彼女に何も言ってやれなかったんですよ。“どうしたらいい?”って訴えていたのに」
 顔を覆って背中を丸めた俺の両肩に、そっと署長の手が置かれた。
「彼女は強い子です。大丈夫」
 そう言って、二度、三度と両肩を叩く。
「これを彼女に渡してもらえますか」
 俺は手帳を一頁破り、四つ折にして署長に渡した。
「中を見ても?」
「えぇ、どうぞ」
 紙切れを丁寧に開いた署長は、一瞬きょとんとした表情を見せ、そのあとやんわりと微笑んだ。
「私が責任もって、必ず渡しておきます」
「署長さん、俺は卑怯なんでしょうか?」
「私には何とも言えませんが、彼女があの作文を読みたくないと言っていたのなら、貴方のこの想いはきっと伝わるでしょう」
 署長の言葉に少し救われた気がした。
「それじゃあ、失礼します」
 そう言って部屋を出ようとした俺を、署長が呼び止める。
「近いうちに一献やりませんか?」
 俺は返事代わりに名刺を渡し、握手を交わした。
「それじゃあ、今度こそ」
「そうそう、裏口からお帰り下さい。こっそりね」

 裏口から外に出る。
 備え付けの灰皿を見つけて、いそいそと煙草を取り出した。

 視界には、ただひたすらに青い空が広がるのみ。
 空は何も語らない。
 しかし、いろんなことを教えてくれる。
 緑は何も語らない。
 風も、月も、星も、太陽も、何も語りはしない。
 だからこそ人間は、それらから何かを感じようとするのではないだろうか。

「言葉ってのは、不自由なもんだな」

 おっと。
 俺としたことが、随分と青臭いことを口走っちまったもんだ。


   ― 大人より 了 ―