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こうして戦争は始まった

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取材できる場所に移動しようとしたのだが、ここは“ど田舎”だ。こぎれいでゆったりできるカフェなどあるはずもない。空調が効いていて邪魔が入らずゆったりできる場所は、このカラオケ屋の個室ぐらいしかないって寸法だ。
「まいったな……」
 なんで家での取材はダメなんだ、と口に出しかけて、母の言葉を思い出す。
『力になってあげておくれ』
 俺は慈善事業家でも、子供相談室の職員でもないんだぞ。
「好きなの買え」
 自販機で自分のコーヒーを買ったあと、三枚の小銭を手渡す。
「えー これじゃ足りなーい。おっきいのがいいー」
「そーかよ」
 財布の小銭では足りず、札を崩すことになってしまった。
 ジャラと重たくなった財布をポケットに差し込む。
「ねぇ、おじさん? 私はわざわざ取材までするほど大袈裟なことじゃないと思うんだけど、私の書いた作文ってば、そんなにすごい出来だったの?」
「どうだろうな。少なくとも俺には採点の基準がわからん」
 そう答えてから彼女を見る。彼女は少し悲しげに目線を落としていた。
 向けられた視線に気付いてから笑顔を貼り付け終えるまでの一部始終を、他人事のように眺めている俺がいた。
「明日の会場って、大きいのかな? 何人ぐらい聞きに来るのかな?」
「不安か?」
「ううん、そんなことない。カラオケで発声はバッチリだし! テレビに出たりするかな? 新聞には写真も載るかな? もしかしたら、芸能界からスカウトされちゃったり?」
「あのなぁ」
「うんうん。分かってるよ、そんなことないって」
 彼女の笑顔に陰りが見えた。
 明日に控えた本番への緊張からくるもの。そう片付けるのは容易いが、これでも俺は人を見る目には自信があるつもりだった。
「読みたくないんだな」
「違うの、待って、そんなんじゃなくて!」
 彼女は一度「うん」と小さく頷いてから、慌てて否定した。
「大勢の前に立つのが怖いのは分かる、しかし、何事も経験だ」
「……うん」
「ってなことを先生たちに言われたんだな?」
「!?」
 俯きかけていた彼女の目が、大きく見開かれて驚きの感情を俺に向けて真っ直ぐに放つ。
「“何事も経験”なんていう屁理屈を打ち破る屁理屈は、俺も知らないなぁ」

「みんな誉めるばっかりで、誉められるのは嬉しいけど、なんか違うの。最初は誉められて嬉しかったよ? “私すごくない!?”って喜んでたよ? でも、誉められれば誉められるほど、すごいって言われれば言われるほど怖くなったの。私は中学生だよ? まだ中学生なんだよ? 中学生が思いつけるようなことなんかじゃ、戦争は無くなったりしない! なのに誰もそう言ってくれない!」
 眩しい。眩しすぎる。こんなにキラキラとした中学生の純粋な思いにケチをつけるなんて、できる筈がない。
 それがお子ちゃまの考え方なのだと言うのは簡単だ。しかし、この娘は答えを求めるだろう。万人が納得できる明確な答えを。それを答えられる大人なんか、この世にはいない。

「私は怖い。間違っているかもしれないことを、大勢の前で読み上げなきゃいけない。“私は間違ってない”“私は正しい”なんて顔で、堂々と読み上げなきゃいけない。先生は『良いことを書いているんだから自信を持て』って言うけど、いままでは子供だからって耳を貸してくれなかったのに……」

『ねぇ、おじさん。私はどうしたらいいの?』

 彼女は必死でそう訴えていたのに、俺は何も答えてやることができなかった。