こうして戦争は始まった
「お婆ちゃんから戦争の話を聞くのかぁ」
どうせなら、反省文を書いて来いと言われた方がマシだった。気が重い。ヤダ。イヤ過ぎる。
私はのそのそと部屋を出た。
「お風呂、済ましちゃって」と、お母さん。
「たまには一緒に入るか?」と、お父さん。うざい。小ボケに逐一ツッコミを入れてた私が悪いんだと思う。
「……。」何も言わないのはお婆ちゃん。私には小言しか言わないのが仕様。
私は食後のお茶を啜っていたお婆ちゃんの傍に行った。
「お婆ちゃん、お願いがあるんだけど」
お婆ちゃんは両手で包むように持っていた湯のみをテーブルに置いた。こんな真夏に、どうして熱いお茶を飲むのかが理解できない。
「はいよ、なにかねぇ」
真っ直ぐに私の目を見てくる。
確かに私も「話を聞くときは相手の目を見るもんだ」って何度も言われてた。
「戦争の話を聞かせて欲しいの」
「あれまぁ、めんずらしいこともあるもんだてね」
お父さんとお母さんが聞き耳を立てているのが分かる。私とお婆ちゃんとの仲の悪さは、やっぱり気になってしまうんだろう。私は悪くない。悪いのは私を全否定するお婆ちゃんだ。
「宿題。登校日の平和授業で、作文を発表しないといけないの」
「そうかい、そうかい。ほれほれ、そこにお座りよ」
お婆ちゃんは、ゆっくりと戦時中の話を始めた。
「いまは物が溢れてらーがね、あの頃は何にも無かったんだよぉ。国家総動員法なんてのがあって、食べ物もなんもかんも……」
お父さんはいつの間にかテレビを消して、お母さんもいつの間にか食器洗いを中断して、音を立てないようにしていた。私とお婆ちゃんの邪魔をしないようにしてくれたんだと思う。
お婆ちゃんの話はだいたい三十分で終わった。
私は話を聞いて思ったんだ。
―― 戦争の話ってそれだけ?
私はそう思ったんだ。
* * *
「……だからな、アレが欲しいコレが欲しい、アレ嫌コレ嫌なんてわがままばっか言ってんでねぇでよ。ばあちゃんはアンタのためを思って言ってんだぁ」
「お婆ちゃん、戦争の話ってそれだけ?」
「それだけって、アンタ」
「物がない、食べ物もない。辛かった、苦労した、我慢した。それだけ? それって不幸自慢? 苦労自慢? だから何? 私が辛いって言っちゃいけない理由にはならない。たった一杯の水がなくて死んでゆく子供だっているじゃない。だったら、お婆ちゃんだって苦労したとか辛かったとか言っちゃいけないんじゃないの!? 私はダメでお婆ちゃんは言っていいのはどうして?」
「なんて生意気な」
「そうやって抑えつけるだけじゃない! 知りたいことは何にも答えてくれないくせに! 答えられないくせに!」
「……っ!」
「どうして戦争は起こったの? どうして戦争は止められなかったの? 違うって、おかしいって言わなかったからなんでしょ!?」
「そう決められてたんだってよぉ。あの頃は全部を御国のために捧げるように教えられてたんだよぉ」
「教育のせい? お婆ちゃんは何も悪くないって言うの? そんなはずはない、だっていま私に同じことをしてるじゃない、違うって、おかしいって言ってるのに聞いてくれないじゃない」
お婆ちゃんの眉間の皺が、ピクと動いた。
「大人って卑怯。原因を隠して結果だけ変えようとしてる。自分たちの優位を守りたいから、言うことを聞かせたいから、戦争を止められなかった原因が自分を主張できなかったことにあるんだって隠してる。それぐらい気付けるよ!」
お婆ちゃんが立ち上がって私の隣まで回り込もうとしている。カンカンに怒ってるのが分かる。いままでなら、このあと部屋に逃げ込んだ私をお母さんが説得して、私が謝ることで終わっていたパターン。
でも、私は叫ぶことを止めない。絶対に、止めない。
「お婆ちゃんが子供のときに我慢を強いられたからって、私が同じにしなきゃいけない理由は何もないはずでしょ? いまはお婆ちゃんが子供だった頃とは違うの! 私が欲しいって言っているのはみんなが当たり前に持っているもので、私がしたいと思っているのは、みんなが当たり前にやっていることなの! 昔はそうだったかもしれないけど、いまはもう違うの!」
お婆ちゃんの手が高々と振り上げられた。
そうだ。そうやって暴力で抑えつけようとする。何かの別の力を使って、自分に有利なように解決しようとする。
「アンタは!」
―― 私は負けない
「非常識なのはお婆ちゃんの方よ!」
私は私が正しいと思うことを言い続ける。
“ダメだからダメ”“昔からやってきた”なんて理由にならない。
“そう決められているから”なんて理由にならない。
そうやって丸め込まれて言いなりになってたから、戦争を止められなかったんだ。私は私が納得できる理由を知りたいんだ。教えて欲しいんだ。
パシン――
私の頬を打つ、乾いた音。
こうして戦争は始まったんだ。
私はそう思った。
戦争が無くならないのは、お婆ちゃんみたいな大人がいるからだ。
私はそう思ったんだ。
どうせなら、反省文を書いて来いと言われた方がマシだった。気が重い。ヤダ。イヤ過ぎる。
私はのそのそと部屋を出た。
「お風呂、済ましちゃって」と、お母さん。
「たまには一緒に入るか?」と、お父さん。うざい。小ボケに逐一ツッコミを入れてた私が悪いんだと思う。
「……。」何も言わないのはお婆ちゃん。私には小言しか言わないのが仕様。
私は食後のお茶を啜っていたお婆ちゃんの傍に行った。
「お婆ちゃん、お願いがあるんだけど」
お婆ちゃんは両手で包むように持っていた湯のみをテーブルに置いた。こんな真夏に、どうして熱いお茶を飲むのかが理解できない。
「はいよ、なにかねぇ」
真っ直ぐに私の目を見てくる。
確かに私も「話を聞くときは相手の目を見るもんだ」って何度も言われてた。
「戦争の話を聞かせて欲しいの」
「あれまぁ、めんずらしいこともあるもんだてね」
お父さんとお母さんが聞き耳を立てているのが分かる。私とお婆ちゃんとの仲の悪さは、やっぱり気になってしまうんだろう。私は悪くない。悪いのは私を全否定するお婆ちゃんだ。
「宿題。登校日の平和授業で、作文を発表しないといけないの」
「そうかい、そうかい。ほれほれ、そこにお座りよ」
お婆ちゃんは、ゆっくりと戦時中の話を始めた。
「いまは物が溢れてらーがね、あの頃は何にも無かったんだよぉ。国家総動員法なんてのがあって、食べ物もなんもかんも……」
お父さんはいつの間にかテレビを消して、お母さんもいつの間にか食器洗いを中断して、音を立てないようにしていた。私とお婆ちゃんの邪魔をしないようにしてくれたんだと思う。
お婆ちゃんの話はだいたい三十分で終わった。
私は話を聞いて思ったんだ。
―― 戦争の話ってそれだけ?
私はそう思ったんだ。
* * *
「……だからな、アレが欲しいコレが欲しい、アレ嫌コレ嫌なんてわがままばっか言ってんでねぇでよ。ばあちゃんはアンタのためを思って言ってんだぁ」
「お婆ちゃん、戦争の話ってそれだけ?」
「それだけって、アンタ」
「物がない、食べ物もない。辛かった、苦労した、我慢した。それだけ? それって不幸自慢? 苦労自慢? だから何? 私が辛いって言っちゃいけない理由にはならない。たった一杯の水がなくて死んでゆく子供だっているじゃない。だったら、お婆ちゃんだって苦労したとか辛かったとか言っちゃいけないんじゃないの!? 私はダメでお婆ちゃんは言っていいのはどうして?」
「なんて生意気な」
「そうやって抑えつけるだけじゃない! 知りたいことは何にも答えてくれないくせに! 答えられないくせに!」
「……っ!」
「どうして戦争は起こったの? どうして戦争は止められなかったの? 違うって、おかしいって言わなかったからなんでしょ!?」
「そう決められてたんだってよぉ。あの頃は全部を御国のために捧げるように教えられてたんだよぉ」
「教育のせい? お婆ちゃんは何も悪くないって言うの? そんなはずはない、だっていま私に同じことをしてるじゃない、違うって、おかしいって言ってるのに聞いてくれないじゃない」
お婆ちゃんの眉間の皺が、ピクと動いた。
「大人って卑怯。原因を隠して結果だけ変えようとしてる。自分たちの優位を守りたいから、言うことを聞かせたいから、戦争を止められなかった原因が自分を主張できなかったことにあるんだって隠してる。それぐらい気付けるよ!」
お婆ちゃんが立ち上がって私の隣まで回り込もうとしている。カンカンに怒ってるのが分かる。いままでなら、このあと部屋に逃げ込んだ私をお母さんが説得して、私が謝ることで終わっていたパターン。
でも、私は叫ぶことを止めない。絶対に、止めない。
「お婆ちゃんが子供のときに我慢を強いられたからって、私が同じにしなきゃいけない理由は何もないはずでしょ? いまはお婆ちゃんが子供だった頃とは違うの! 私が欲しいって言っているのはみんなが当たり前に持っているもので、私がしたいと思っているのは、みんなが当たり前にやっていることなの! 昔はそうだったかもしれないけど、いまはもう違うの!」
お婆ちゃんの手が高々と振り上げられた。
そうだ。そうやって暴力で抑えつけようとする。何かの別の力を使って、自分に有利なように解決しようとする。
「アンタは!」
―― 私は負けない
「非常識なのはお婆ちゃんの方よ!」
私は私が正しいと思うことを言い続ける。
“ダメだからダメ”“昔からやってきた”なんて理由にならない。
“そう決められているから”なんて理由にならない。
そうやって丸め込まれて言いなりになってたから、戦争を止められなかったんだ。私は私が納得できる理由を知りたいんだ。教えて欲しいんだ。
パシン――
私の頬を打つ、乾いた音。
こうして戦争は始まったんだ。
私はそう思った。
戦争が無くならないのは、お婆ちゃんみたいな大人がいるからだ。
私はそう思ったんだ。
作品名:こうして戦争は始まった 作家名:村崎右近