こうして戦争は始まった
「ただいまー」
私は脱いだ靴を揃えた。お父さんの靴がない。まだ帰ってないみたいだ。
大人には夏休みなんてない。だったら、学生にも夏休みなんて作らなければいいんだ。夏休みは自由にできる時間ってわけじゃない。親も先生も、何かにつけて勉強しろって言うだけ。家にいても勉強しろって言われるなら、始めから休みにすることないじゃん? いつも通り、普通に登校してたほうがマシだと思う。そうしたら、先生たちだって暑い中を歩き回らなくて済むじゃない。
う〜暑い。愚痴っぽいのはそのせいだ。
「おかーさん、麦茶ちょーだい」
「コレ! 親をアゴで使うんじゃないよ! まったくなんて子だい」
でたクソババァ。小言が「おかえり」よりも先に飛び出すのは仕様です。
私はお母さんに“コップに注いだ麦茶を目の前まで運んできて”なんて言ってない。冷蔵庫を開けますよー、麦茶は残ってますかー、お母さんも飲むなら言ってねー、そういう意味が込められているって何で分からないんだろ。現に私はこうして冷蔵庫を自分で開けようとして手を伸ばしてるじゃないか。
「お婆ちゃんも飲む?」
「冷蔵庫はすぐ閉めなさい」
飲むかって聞いてんだろがクソババァ。
「ちょっと! こっちにおいで!」
制服から着替え終えると、お婆ちゃんが玄関で私を呼んだ。お婆ちゃんが誰かを指定せずに呼ぶときは、ほぼ私に対する呼びかけなんだ。そして間違いなく小言を聞かされる。
「ちょっと、なんですかこの靴は」
あ? んだよクソババア。私が通学用に使っている、ごくごく普通のスニーカーですけど? 何か粗相でも致しましたでしょーか?
小学生までの私は、玄関で脱ぎっぱなしにして左右不揃いのまま、ぽいぽいってやってた。中学生になってからは、踵を揃えてつま先を玄関の外に向けて並べるようになった。もちろん、このクソババアに小言を聞かされ続けたからなんだけど。そのせいか、友達の家に行ったときは“出来る子”扱いされる。誉められたくてやってるんじゃない。小言を言われたくないから渋々やってるだけ。
「こんな真ん中に脱いだら、帰ってきた人も出掛ける人も使いにくい」
「……っ!」
次に帰って来るのはお父さんだ。お父さんが脱いだ靴を揃えているところは見たことがない。いつもお母さんが揃えてるのを知ってる。お婆ちゃんだってそれ知ってるじゃない。お父さんは靴を揃えなくてもいいのに、私はダメなの?
なんで私だけ? なんで私だけ? なんで私だけ? なんで私だけ?
私は黙ってお婆ちゃんに言われるまま靴をずらした。屈んだときに見えた私を見下ろすお婆ちゃんの目が怖かった。それは恐怖じゃなくて、なんていうか……。
……ワカラナイデス、ハイ。
* * *
我が家では、食事中にテレビをつけることは禁止されている。何故かって、お婆ちゃんが「ダメだ」と言ったからに決まってる。行儀が悪い、非常識だ、お婆ちゃんは何かにつけてそう言う。小学生の頃に泊まりに行った友達の家では、家族全員でクイズ番組を見ながら楽しそうに食事をしていた。そのことをお婆ちゃんに言ったら、「その家は躾がなってない、行儀が悪い、非常識な家だ」って言われた。友達のことを悪く言われて酷く傷ついたもんだ。
「ごちそうさま」
おかげで私は黙々と食事をするようになった。ううん、なってしまった。
お婆ちゃんと話すことなんてない。
何を言っても「違う、ダメだ」って否定されるから、次第に話しをしなくなったんだ。お箸がお皿に当たって出る音でさえも、怒られるんじゃないかとビクビクしながら食べてた時期もあった。
食べながら話すことができない私は、中学校に入ってからなかなか友達が作れなかった。「お高くとまってんじゃねぇよ」的な因縁を付けられて、イジメられそうにもなったんだ。
一応、お婆ちゃんにも相談したんだ。イジメられてるんだって。
「何かイジメられる原因があるんだよ」
「私、お婆ちゃんの言うとおりにしてたらイジメられたんだよ!?」
「そんな非常識な友達なら必要ないよ」
何の解決にもならなかった。
私は友達が欲しくて、イジメられたくないから、どうしたらいいのか相談したのに。
私が欲しかった答えは返ってこなかった。
私が何を考えて、どういう思いがあって行動してるのかなんて、少しも考えたりしないんだ。表面だけ、うわっつらだけで判断して、「違う、ダメだ」って言う。すぐ言う。だからお婆ちゃんはキライ。
長く生きて多くを経験してきた自分の考えが“絶対に正しい”って思っている。私は頭悪いし運動神経もないおバカさんだけど、それぐらいわかるよ。そんなことないって。
だから私は、もう二度とお婆ちゃんに相談するもんかって思ったんだ。
幾ら私が早く食べ終わっても、全員が食べ終わるまでテレビはオアズケ。結局なんにも見ることができないまま一日が終わる。私にできるのは、お父さんより早くお風呂に入ることと、勉強しなさいと言われる前に部屋に引っ込むこと。
部屋に私専用のテレビが欲しい。携帯が欲しい。パソコンが欲しい。
私の部屋には何もない。音楽を流したら、すぐにお婆ちゃんがうるさいと言いにくる。お婆ちゃんが毎朝やってる読経に対して同じことを言いたい。せめて休みの日だけでもいいんだ。夏休みは毎日だけど。
私は脱いだ靴を揃えた。お父さんの靴がない。まだ帰ってないみたいだ。
大人には夏休みなんてない。だったら、学生にも夏休みなんて作らなければいいんだ。夏休みは自由にできる時間ってわけじゃない。親も先生も、何かにつけて勉強しろって言うだけ。家にいても勉強しろって言われるなら、始めから休みにすることないじゃん? いつも通り、普通に登校してたほうがマシだと思う。そうしたら、先生たちだって暑い中を歩き回らなくて済むじゃない。
う〜暑い。愚痴っぽいのはそのせいだ。
「おかーさん、麦茶ちょーだい」
「コレ! 親をアゴで使うんじゃないよ! まったくなんて子だい」
でたクソババァ。小言が「おかえり」よりも先に飛び出すのは仕様です。
私はお母さんに“コップに注いだ麦茶を目の前まで運んできて”なんて言ってない。冷蔵庫を開けますよー、麦茶は残ってますかー、お母さんも飲むなら言ってねー、そういう意味が込められているって何で分からないんだろ。現に私はこうして冷蔵庫を自分で開けようとして手を伸ばしてるじゃないか。
「お婆ちゃんも飲む?」
「冷蔵庫はすぐ閉めなさい」
飲むかって聞いてんだろがクソババァ。
「ちょっと! こっちにおいで!」
制服から着替え終えると、お婆ちゃんが玄関で私を呼んだ。お婆ちゃんが誰かを指定せずに呼ぶときは、ほぼ私に対する呼びかけなんだ。そして間違いなく小言を聞かされる。
「ちょっと、なんですかこの靴は」
あ? んだよクソババア。私が通学用に使っている、ごくごく普通のスニーカーですけど? 何か粗相でも致しましたでしょーか?
小学生までの私は、玄関で脱ぎっぱなしにして左右不揃いのまま、ぽいぽいってやってた。中学生になってからは、踵を揃えてつま先を玄関の外に向けて並べるようになった。もちろん、このクソババアに小言を聞かされ続けたからなんだけど。そのせいか、友達の家に行ったときは“出来る子”扱いされる。誉められたくてやってるんじゃない。小言を言われたくないから渋々やってるだけ。
「こんな真ん中に脱いだら、帰ってきた人も出掛ける人も使いにくい」
「……っ!」
次に帰って来るのはお父さんだ。お父さんが脱いだ靴を揃えているところは見たことがない。いつもお母さんが揃えてるのを知ってる。お婆ちゃんだってそれ知ってるじゃない。お父さんは靴を揃えなくてもいいのに、私はダメなの?
なんで私だけ? なんで私だけ? なんで私だけ? なんで私だけ?
私は黙ってお婆ちゃんに言われるまま靴をずらした。屈んだときに見えた私を見下ろすお婆ちゃんの目が怖かった。それは恐怖じゃなくて、なんていうか……。
……ワカラナイデス、ハイ。
* * *
我が家では、食事中にテレビをつけることは禁止されている。何故かって、お婆ちゃんが「ダメだ」と言ったからに決まってる。行儀が悪い、非常識だ、お婆ちゃんは何かにつけてそう言う。小学生の頃に泊まりに行った友達の家では、家族全員でクイズ番組を見ながら楽しそうに食事をしていた。そのことをお婆ちゃんに言ったら、「その家は躾がなってない、行儀が悪い、非常識な家だ」って言われた。友達のことを悪く言われて酷く傷ついたもんだ。
「ごちそうさま」
おかげで私は黙々と食事をするようになった。ううん、なってしまった。
お婆ちゃんと話すことなんてない。
何を言っても「違う、ダメだ」って否定されるから、次第に話しをしなくなったんだ。お箸がお皿に当たって出る音でさえも、怒られるんじゃないかとビクビクしながら食べてた時期もあった。
食べながら話すことができない私は、中学校に入ってからなかなか友達が作れなかった。「お高くとまってんじゃねぇよ」的な因縁を付けられて、イジメられそうにもなったんだ。
一応、お婆ちゃんにも相談したんだ。イジメられてるんだって。
「何かイジメられる原因があるんだよ」
「私、お婆ちゃんの言うとおりにしてたらイジメられたんだよ!?」
「そんな非常識な友達なら必要ないよ」
何の解決にもならなかった。
私は友達が欲しくて、イジメられたくないから、どうしたらいいのか相談したのに。
私が欲しかった答えは返ってこなかった。
私が何を考えて、どういう思いがあって行動してるのかなんて、少しも考えたりしないんだ。表面だけ、うわっつらだけで判断して、「違う、ダメだ」って言う。すぐ言う。だからお婆ちゃんはキライ。
長く生きて多くを経験してきた自分の考えが“絶対に正しい”って思っている。私は頭悪いし運動神経もないおバカさんだけど、それぐらいわかるよ。そんなことないって。
だから私は、もう二度とお婆ちゃんに相談するもんかって思ったんだ。
幾ら私が早く食べ終わっても、全員が食べ終わるまでテレビはオアズケ。結局なんにも見ることができないまま一日が終わる。私にできるのは、お父さんより早くお風呂に入ることと、勉強しなさいと言われる前に部屋に引っ込むこと。
部屋に私専用のテレビが欲しい。携帯が欲しい。パソコンが欲しい。
私の部屋には何もない。音楽を流したら、すぐにお婆ちゃんがうるさいと言いにくる。お婆ちゃんが毎朝やってる読経に対して同じことを言いたい。せめて休みの日だけでもいいんだ。夏休みは毎日だけど。
作品名:こうして戦争は始まった 作家名:村崎右近