こうして戦争は始まった
担任の先生が教室に入ってきた。
「久しぶり、元気ですか?」
見りゃわかんだろ。元気ですかーってアントキノかっての。「1・2・3・ダァー!」で帰らせてくれるならそれで許す。むしろそうあって欲しい。
「夏休みの宿題、ちゃんと進んでるか?」
これは続いて入ってきた体育教師。もちろ生活指導。
担任の先生の肌が小麦色に焼けていた。体育教師の肌が黒いのはいつも通りだけど。大人はいいよなって思う。全部自己責任で自由に遊びに行ける。中学生は保護者同伴が絶対条件。親に頼んでも「勉強しなさい」の一点張り。こっそり行ったとしても、ここらで遊べる場所なんて一つしかないもんだからすぐにばれる。だから堂々と行くんだけど。家に引き篭らせて何をさせようってのヨ。学校が休みなのにお給料を貰ってんだから、炎天下の中を見回りさせてしっかり働かせてやるんだ。ザマーミロ。
教室には私一人(と教師二人)だけ。
待てど暮らせど誰も来なかった。どうやら私以外はブッチしたらしい。みんな携帯を持ってるから、みんなで行かないことにしたんだろうな……
だから欲しいって言ったのに。
私は携帯を持ってない。だからみんなとメールのやりとりができない。お婆ちゃんが反対したんだ。お父さんとお母さんは説得できたのに。中学生にとって友達付き合いがどれだけ大きなウエイトを占めているのか分かってないんだ。マジむかつく。
「他の連中は?」
「知りません」
「結託してサボったか。お前は真面目に来たんだな。偉いぞ」
「私が携帯電話を持ってなかっただけです」
体育教師は、ちょっとだけ寂しそうな顔になった。
「友達のことを悪く言うつもりはないけどな、友達に寂しい思いをさせるような大人にだけはなってくれるなよ」
体育教師はそれだけ言って教室を出て行った。
どうやら私は憐れまれたらしい。
体育教師がいなくなって、教室は私と担任の先生の二人だけになった。私が一度も開いていない白紙の宿題を見せると、ただただ苦笑いだった。
下敷きでパタパタと仰ぎながら宿題をやる私。それを見守る先生。
「宿題は嫌い?」
「嫌いです。意味分かんない」
「先生も宿題が嫌いだったなぁ。学生の頃は夏休みの宿題を最後の日にまとめてやってた。一番酷いのは高校二年の夏休みの課題で、提出したのがなんと十二月」
それってもう冬……ですよね?
唖然とする私を余所に、先生は話を続けた。
「先生の子供も、まだ宿題に手を付けてないんだよね」
「そうなんですか」
「うん。嫌な気持ちは分かるけど、しなくていいとは言えないしね」
「それは先生をやっているからですか?」
「というより、親として、経験者として、かな」
「はぁ、そうなんですか」
出た出た。長く生きている方が偉いっていう、全く理解できない上下関係。
「大人だからって、なんでも自由じゃないんだよ」
「どういうことですか?」
私の質問に対する答えはなく、代わりに二枚の原稿用紙を渡された。
「戦争についての話を聞いて思ったことを書いてきなさい」
先生はそう言った。
私がお婆ちゃんと一緒に住んでることは先生も知ってる。だけど、大きな問題があることまでは知らない。
私はお婆ちゃんが大嫌いだ。
お婆ちゃんを嫌いになったのは中学生になってから。なんでかって言うと、お婆ちゃんは「違う」と「ダメ」しか言わなくなったんだ。私が何かをやろうとすると、すぐに「ちがう、ダメだよ」って言ってくる。そしてその後に続く言葉、私がお婆ちゃんを嫌いになった決定的な理由。
「昔は何でも言うことをきく従順なイイ子だったのにねぇ」
ハ? なにその基準、マジむかつくんだけど
それで帰らせてもらえるのかと思いきや、きっちり十四時まで帰らせてもらえなかった。ただ、途中から冷房が効いた図書室に移らせてもらえたから、なんなら少し涼しくなる夕方まで残りたいぐらいだったんだけど。
「久しぶり、元気ですか?」
見りゃわかんだろ。元気ですかーってアントキノかっての。「1・2・3・ダァー!」で帰らせてくれるならそれで許す。むしろそうあって欲しい。
「夏休みの宿題、ちゃんと進んでるか?」
これは続いて入ってきた体育教師。もちろ生活指導。
担任の先生の肌が小麦色に焼けていた。体育教師の肌が黒いのはいつも通りだけど。大人はいいよなって思う。全部自己責任で自由に遊びに行ける。中学生は保護者同伴が絶対条件。親に頼んでも「勉強しなさい」の一点張り。こっそり行ったとしても、ここらで遊べる場所なんて一つしかないもんだからすぐにばれる。だから堂々と行くんだけど。家に引き篭らせて何をさせようってのヨ。学校が休みなのにお給料を貰ってんだから、炎天下の中を見回りさせてしっかり働かせてやるんだ。ザマーミロ。
教室には私一人(と教師二人)だけ。
待てど暮らせど誰も来なかった。どうやら私以外はブッチしたらしい。みんな携帯を持ってるから、みんなで行かないことにしたんだろうな……
だから欲しいって言ったのに。
私は携帯を持ってない。だからみんなとメールのやりとりができない。お婆ちゃんが反対したんだ。お父さんとお母さんは説得できたのに。中学生にとって友達付き合いがどれだけ大きなウエイトを占めているのか分かってないんだ。マジむかつく。
「他の連中は?」
「知りません」
「結託してサボったか。お前は真面目に来たんだな。偉いぞ」
「私が携帯電話を持ってなかっただけです」
体育教師は、ちょっとだけ寂しそうな顔になった。
「友達のことを悪く言うつもりはないけどな、友達に寂しい思いをさせるような大人にだけはなってくれるなよ」
体育教師はそれだけ言って教室を出て行った。
どうやら私は憐れまれたらしい。
体育教師がいなくなって、教室は私と担任の先生の二人だけになった。私が一度も開いていない白紙の宿題を見せると、ただただ苦笑いだった。
下敷きでパタパタと仰ぎながら宿題をやる私。それを見守る先生。
「宿題は嫌い?」
「嫌いです。意味分かんない」
「先生も宿題が嫌いだったなぁ。学生の頃は夏休みの宿題を最後の日にまとめてやってた。一番酷いのは高校二年の夏休みの課題で、提出したのがなんと十二月」
それってもう冬……ですよね?
唖然とする私を余所に、先生は話を続けた。
「先生の子供も、まだ宿題に手を付けてないんだよね」
「そうなんですか」
「うん。嫌な気持ちは分かるけど、しなくていいとは言えないしね」
「それは先生をやっているからですか?」
「というより、親として、経験者として、かな」
「はぁ、そうなんですか」
出た出た。長く生きている方が偉いっていう、全く理解できない上下関係。
「大人だからって、なんでも自由じゃないんだよ」
「どういうことですか?」
私の質問に対する答えはなく、代わりに二枚の原稿用紙を渡された。
「戦争についての話を聞いて思ったことを書いてきなさい」
先生はそう言った。
私がお婆ちゃんと一緒に住んでることは先生も知ってる。だけど、大きな問題があることまでは知らない。
私はお婆ちゃんが大嫌いだ。
お婆ちゃんを嫌いになったのは中学生になってから。なんでかって言うと、お婆ちゃんは「違う」と「ダメ」しか言わなくなったんだ。私が何かをやろうとすると、すぐに「ちがう、ダメだよ」って言ってくる。そしてその後に続く言葉、私がお婆ちゃんを嫌いになった決定的な理由。
「昔は何でも言うことをきく従順なイイ子だったのにねぇ」
ハ? なにその基準、マジむかつくんだけど
それで帰らせてもらえるのかと思いきや、きっちり十四時まで帰らせてもらえなかった。ただ、途中から冷房が効いた図書室に移らせてもらえたから、なんなら少し涼しくなる夕方まで残りたいぐらいだったんだけど。
作品名:こうして戦争は始まった 作家名:村崎右近