居残り給食
「ごめん! ご飯の中にハエが入りそうになって、それからその、びっくりして……」
「斉藤君も早く牛乳飲んじゃおう? 私も斉藤君に合わせてピーマン食べちゃうから」
「うん……でも、これがまた不味くて不味くて……」
「男の子でしょ。私と一緒に食べればきっと怖くないから」
優しい言葉を投げかけてくる前田さんの表情を不安な面持ちで智樹は窺った。にっこりと頬を緩めるその笑顔をまじまじと見つめれば、不思議と勇気が湧いてきた。
智樹は牛乳を再度手に取り、「僕に続いてきて」と普段より低い声を出して催促すると、間髪入れずに牛乳を口の中に流し込んだ。
しかし、次の瞬間、前田さんが突然発した「わっ!!!!」という声に驚き、前のめりになりながら牛乳を勢いよく机中に噴き出してしまった。
「ははは、こやつめ……」
智樹は一本取られたとばかりにポケットからハンカチを取り出すと、苦い顔をして口を拭った。
「さっきの仕返しよ。私見てたんだから、斉藤君が私がピーマンを食べるのを見計らって驚かせたの。けれど、これでお相子ね」
「うっ……ごめん」
智樹は嘘を隠す事が苦手だった。
前田さんは困ったように笑うと、トレイを持ち上げて智樹の隣の席に移動して腰を下ろした。
「良い考えが浮かんだわ。私が斉藤君の牛乳を飲むから、斉藤君が私のピーマン食べて?」
「ええ? でもさっき牛乳噴き出しちゃったし、汚いよ?」
「いいの、気にしないで。私斉藤君のこと好きだから」
「じゃあ僕が前田さんのピーマンを食べればいいんだね?」
とは言ったものの、よくよく考えればこのピーマンは前田さんが口から吐き出した物。それを何の躊躇も無く食べれちゃうのは、変態なのではないかと切ない気持ちになった。
智樹は前田さんのピーマンを箸で持ち上げ、前田さんは智樹の牛乳瓶を手に取り持ち上げる。
ピーマンと牛乳という可笑しな組み合わせだけど、智樹と前田さんは顔を見合わせ、「乾杯」と小さく声を合わせて言った。
智樹はピーマンを口の中に入れながら、そういえば前田さんが牛乳に口をつけたという事は、間接キスじゃないかと今更気付き、好きだと告げられた事さへ、更に今更気付いた。そう考え始めると自然と心臓の鼓動が早くなっていく。
お互い耳を真っ赤にして、互いの嫌いな物を飲食し合う。